業務改善の手段として注目される「ノーコード開発」。その概要から、業界動向、導入のメリット・デメリット、現場での活用事例、ノーコード開発ツールの導入ポイントまで、調査データを交えながら詳しく説明する。
IT化、デジタル化が進んでいるといわれる昨今ですが、日々の業務で、手作業の多さやシステム化の必要性を感じることはまだまだ多いのではないでしょうか。ところが、業務のシステム化にはIT部門に頼る必要があったり、外部への委託費用が高かったり、専門知識を持つ人材が不足していたりして、なかなか進まないケースがほとんど。現場で感じる業務改善の課題は現実的なハードルによって後回しにされがちです。そのため、IT部門や外部委託に頼らず、“自分で、現場で”業務を改善する方法の一つとして「ノーコード開発」が注目されています。
本稿では、ノーコード開発の概要から、業界動向、メリット、デメリット、現場での事例、ノーコード開発ツールの導入ポイントまで、調査データを交えながら詳しく説明します。
ノーコード開発は、プログラミング知識がなくても直感的な操作で業務アプリやシステムを構築できる仕組みです。「申請ボタン」「集計フォーム」など必要な部品を画面上でドラッグ&ドロップして並べるだけで、これまでエンジニアや外部業者に依頼していた作業が自分たちの手で行えます。
ノーコード開発では、ソースコードを記述しなくても機能が充実したカスタムビジネスアプリを作成できるので、メンバー全員で開発作業を行えます。
ノーコード開発に似た概念として「ローコード開発」があります。ローコード開発では、ノーコード開発と同様にプログラミングの知識を必要とせず、ビジュアル的な操作でシステムを作成できますが、複雑なカスタマイズや機能追加には最低限のコードが必要となる場合があるので、それにも対応できるのです。ノーコード開発が「完全なコードレス」を追求するのに対し、ローコード開発では簡易的なコードを用いることで柔軟性を高められる点が特徴です。
ノーコードとローコードはしばしば同列に扱われますが、ノーコードは一切のコーディングを不要とする一方で、ローコードは一定のプログラミング自由度を許容する点で区別されます。
そのため、ノーコード開発では、現場担当者が、試しに作ってみるという感覚で、売上高の集計や日報の提出、顧客管理アプリなども簡単に作成でき、すぐに課題を解決できるのが大きな特徴です。
急速に成長するノーコード市場は、企業のデジタル化やDX(デジタルトランスフォーメーション)を加速させる原動力となっています。
アイ・ティ・アール(ITR)の調査によると、日本国内のノーコード開発市場は、2023年度に812億円規模となり、前年度比14.5%増を記録。2028年度には1.8倍の市場規模に拡大すると予測されています。世界市場では、2024年に279億8000万ドル、2030年には1291億3000万ドルに達する見込みです。
@ITの独自調査でも、ノーコード(ローコード)開発ツールを「導入している」「検討している」企業が全体の約半数に。エンドユーザー(非IT部門)による利用率は約3割と2024年と比べて増加傾向にあり、IT部門での利用や検討はやや減少傾向になっています。
こうした動きからも、現場の業務担当者が主役となるノーコード開発時代が広がりつつあることが分かります。
ノーコード開発ツールは、なぜこれほど注目されているのでしょうか。理由はシンプルです。「ITエンジニアがいない」「開発予算が限られる」という課題を抱える企業が、スピーディーかつ低コストで業務を改善できるからです。特に製造業やサービス業、卸売業など、日々の業務が多岐にわたる中小企業で導入が進んでいます。
ノーコード開発がもたらす恩恵は多岐にわたります。開発期間の短縮から人材不足の解消まで、従来の課題を解決する6つの主要なメリットについて、具体的な事例とともに詳しく見ていきましょう。
ノーコード開発の魅力の一つは、すぐに作れて、すぐに試せること。従来のシステム開発は、完成まで数カ月かかることも珍しくありませんでした。
ノーコード開発なら、担当者が「この申請を自動化したい」と思ったその場で画面上に部品を配置し、数日から数週間でアプリを完成、運用開始できます。
@ITの独自調査でも、導入・検討の目的として下記が挙げられています。
思い付いたとき、現場でアプリを作れるスピード感が多くの企業で支持されていることが分かります。
ITの専門知識がない、プログラミングできる人材が社内にいないという課題は、中小企業に限らず多くの現場で共通しています。
独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の調査では、DXを推進する人材不足が年々深刻化していることが明らかになっており、従業員規模を問わずDXを推進する人材は全体的に不足している状況が報告されています。
ノーコード開発ツールを使えば、普段は営業や事務を担当している従業員も、業務アプリの開発が可能になることが期待されています。
外部業者への開発・保守依頼は想定以上の費用が発生しがちです。ノーコード開発ツールは導入コストが安く、システム保守費用の削減も期待できます。
サイボウズのノーコード開発ツール「kintone」の導入事例では、B2B(Business to Business)マーケティング支援サービス企業のリーグルが、運用費を10分の1、年400時間以上の作業を削減。産業ガス事業会社大陽日酸の事例では、ノーコードで開発した契約書管理アプリで年間最大400万円を削減したと報告されています。先の@IT独自調査でも、「効率化やコスト削減への期待」がノーコード開発ツールの導入目的の上位に挙げられています。
DXは「現場の小さな改革から」が一番現実的です。ノーコード開発なら情報システム部門に頼らず、必要なツールを現場の担当者が作れるので、会社全体のDXを加速できます。
霧島酒造では、ローコード開発基盤「Claris FileMaker」を使って、IT未経験のスタッフも含めた現場主導のDXプロジェクトを推進しています。
特定の作業だけ自動化したいというニーズに、ノーコード開発なら即座に対応可能です。テンプレートを使えば、毎日の売り上げデータ集計、問い合わせ履歴の記録、在庫数の更新といった定型作業を、ボタン一つで完了する仕組みに変えられます。
試作から実運用までの検証プロセスが簡単になるのも、ノーコード開発の大きな利点です。営業日報の入力フォームを作成して1週間運用してみると、不要な項目やプルダウンメニューが必要な箇所などの改善点が明確になります。発見した課題はその場で修正でき、現場での検証を重ねながら、より使いやすいアプリへと改良していけます。
メリットの裏側には、注意すべき課題(デメリット)も存在します。ノーコード開発ツールの導入前に把握しておくべき6つのデメリットを理解することで、より効果的な活用が可能になります。これらの制約を認識した上で、適切な対策を講じることが成功へのカギとなるでしょう。
@ITの独自調査でも、次のような運用管理上の課題が上位に挙がっています。
これらの課題は、ガバナンスや管理体制の整備が今後の重要テーマであることを示しています。
ノーコード開発は誰でも簡単にアプリが作れる半面、現場ごとの独自アプリが増え過ぎると、会社全体で何が作られ、使われているか分からなくなってしまいます。
営業部の見積もりアプリ、人事部の勤怠アプリ、経理部の請求アプリがバラバラに運用されていると、個人情報の保護が十分か、データがどこに保存されているのか不明確になり、情報漏えいやセキュリティ管理のリスクが高まります。
ノーコード開発ツールごとに、できることやデータの扱い方は異なります。最初は便利だと思って導入したツールでも、数年後に他のツールへ乗り換えを検討する際にこれまで作ったアプリやデータを簡単に移行できないという問題が生じることがあります。このような、一度使い始めると他のツールに切り替えにくい状態のことを「ベンダーロックイン」といいます。
ローコード開発ツールを提供するOutSystemsは、「同社のツールはアプリやデータの書き出し(エクスポート)が比較的簡単だ」とアピールしていますが、多くのツールでは乗り換えハードルが高いので、導入前の確認が必要です。
ノーコード開発は簡単で便利な半面、複雑な業務や独自のワークフローへの対応には限界があります。外部システムとの細かい連携や業界特有の厳密なルールなどは、ノーコード開発だけでは実現が難しいこともあります。
Microsoftのノーコード開発ツール「Power Apps」の技術制約では、「一部の専門的な外部連携API(アプリケーションプログラミングインタフェース)はノーコードで対応できない」と明示されています。
ノーコード開発ツールが普及すると、現場ごとに多くのアプリが作られ、管理が複雑になることがあります。営業部が独自に作った管理アプリと経理部の請求アプリで同じ顧客情報が二重管理されていたり、新しい業務フローが古いアプリに反映されていない場合などで現場によって情報がバラバラになったりすることで、ミスやトラブルが生じやすくなります。
ノーコード開発の現場でよくある悩みは、作成したアプリの内部構造を他の人が理解できないことです。例えば、Aさんが独自で作った申請アプリをBさんが引き継ぐ際に「どの処理で何を管理しているか」が不明確なことから修正が困難になり、最終的に使われなくなるケースがあります。
作成したアプリが担当者以外には理解できず、修正のたびに大きな手戻りが発生するといったこともあります。
ノーコード開発ツールは誰でもアプリが作れる半面、根本的なITスキルや設計力が身に付きにくくなることがあります。担当者が異動や退職した際、アプリは残っても運用ノウハウが継承できないといった問題が生じます。
現場では、どのようにノーコード開発ツールが活用されているのでしょうか。営業管理から業務自動化まで、具体的な成功事例を知ることで、その可能性と実用性を考えましょう。
サイボウズのkintoneでは、営業部が自分たちで商談記録や案件管理アプリを作り、リアルタイムで情報共有や進捗(しんちょく)確認ができるようになっています。
「在庫管理や顧客対応履歴の自動集計など、従来の「Microsoft Excel」や紙による作業が自動化でき、業務効率が大幅に向上した」といった事例もあります。
ユニリタのノーコードETL(Extract、Transform、Load)ツール「Waha! Transformer」の導入企業では、複数システム間のデータを自動で連携させ、経理や人事の定型作業を、コードを書くことなく自動化できるようになりました。
ノーコード開発の導入で失敗しないためには「なぜ導入するのか」「どの業務をどう変えたいか」を最初に明確にすることが大切です。成功のための運用体制の整備として、下記が重要です。
小さな業務改善の成功事例(「紙の申請書がアプリ化され残業が減少した」ケースなど)を現場で共有しながら進めていくと、全社でのデジタル化が一気に加速します。
数多く存在するノーコード開発ツールの中から、特に実績と信頼性の高い3つを厳選しました。それぞれの特徴と強みを理解し、自社に最適なツールを選びましょう。
なお「ローコード開発」とされていますが、ITreviewでは、これらの主要ツールの使い勝手や満足度を比較できます。
日本の大手クラウド業務改善プラットフォーム。現場担当者が自分でアプリを作れるのが特長で、中小企業から大手企業まで幅広く活用されています。
ポルトガル発、世界中で利用されているローコード開発サービス。「複雑な業務や大規模開発にも対応でき、データの書き出しや他社ツールへの乗り換えも比較的しやすい」とされています。
Microsoftが提供する業務アプリ開発サービス。Excelや「Microsoft Teams」と連携できるので、日常業務のデジタル化にも役立ちます。
ノーコード開発ツールの導入を検討する際に多く寄せられる質問をまとめました。導入前に知っておきたい費用面、技術面、運用面での疑問にお答えします。
A:はい、プログラミング未経験者でも問題なく使えます。
多くのノーコード開発ツールは、ドラッグ&ドロップによる直感的な操作が中心で、特別なITスキルがなくても業務アプリを作成できます。例えば営業や事務職の従業員が、日報アプリや顧客管理ツールを作っている事例が数多くあります。
ただし、業務内容の理解や論理的な思考力は求められるので、導入前に簡単な研修を行うのがお勧めです。
A:月額2000円前後から利用可能なツールが多く、初期費用も抑えられます。
例として、サイボウズのkintoneは1ユーザー月額1000円(税別)から、Microsoft Power Appsは1ユーザー月相当2998円(税別)から利用できます。多くのツールが無料トライアル期間を提供しています。
A:第三者機関の認証を取得しているツール/サービスは多数あり、それらを活用すれば安全性は高いと言えます。
例えばkintoneを提供するサイボウズは、企業向けのセキュリティ基準に準拠しています。
ただし注意点として、現場ごとにアプリが乱立すると、企業全体での把握や管理が難しくなり、情報漏えいリスクが高まる可能性もあります。ツールに依存せず、社内ガバナンスや運用ルールの整備が重要です。
A:定型業務・データ処理・申請フローなど繰り返し行う業務に向いています。
具体例としては次のようなものがあります。特に「ルールが明確で、同じ処理を何度も行う業務」には最適です。
一方で、複雑な計算処理や高度な外部連携が必要な業務は、ローコード開発ツールの活用やコーディングツールによる開発との連携をお勧めします。
A:はい、多くのノーコード開発ツールはExcelやCSVデータインポートに対応しています。
サイボウズのkintoneやMicrosoft Power Appsなどでは、既存のExcelファイルを読み込んでアプリのデータベースとして活用できます。IT部門に頼らず、現場の担当者だけで移行、活用できるのが大きな利点です。
@ITでは、ノーコード開発だけでなくローコード開発に関する記事も多く掲載していますので、ご参考に。
筆者紹介
雨輝ITラボ(株式会社リーフレイン)
1000人規模のライター・編集者を擁する編集プロダクション雨輝のIT・AI専門部門。現役エンジニアをはじめ、システム運用管理、仮想化、サーバ・ストレージ、クラウド分野の実務経験者や、セキュリティ、エンタープライズAIプロジェクトに関わったメンバーが在籍。技術記事の執筆やITコンテンツの制作を中心に、編集プロダクションの強みを生かした技術情報の発信を行っている。
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