まず、製造過程で製品に添付していた手書きの現品票や、FAXでやりとりしていた発注書などのデジタル化から着手した。ところが、一筋縄ではいかなかった。どのようなところが難しかったのか、管理部 副部長の倉科裕紀さんは語る。
「発注書などFAXでやりとりしている情報をOCR(光学的文字認識)で読み込んで、自動的にデータ化できればいいのですが、フォーマットが各社バラバラなのです。また、製造業の場合、協力会社が中小零細企業や個人事業主である場合が多く、メールのやりとりでさえ難しい。『うちはFAXで』と言われることがたびたびありました」(倉科さん)
自動化できないデータは、手入力するしかない。
「でも、最初は二度手間かもしれませんが、『どのお客さまから、どんな品種を、いつまでの納期で、注文が入ったのか?』といった情報は、一度入力すれば、その後はデータで結び付けられます」(倉科さん)
デジタル化を進めるためには、大なり小なり現場の作業変更が必要だ。社内からの反発はなかったのだろうか?
「すごくありました。現場に行けば行くほどアナログを好みますよね。現場は1つの場所に集まっているので、紙1枚で回した方が情報を共有しやすいのだと思います」(倉科さん)
新たにシステムを導入しようとしたときもそうだった。最初は幹部で集まって「どんなシステムを導入するか」を決めていた。しかし、リリース時に「○○システムを入れました。みんな使ってください」と案内すると、反発の声がたくさん届いた。
システム導入以前に、周知の問題もあった。
「うちは従業員全員がPCを持っているわけではないし、共通のプラットフォームがあるわけでもありません。『どうやってやるのか』を伝える方法も紙しかなくて……。従業員への説明を担ってくれた中間管理職の皆さんから、『以前より忙しくなった』といった声も届きました」(倉科さん)
移行期には、もともとの紙運用と新たなシステムでの運用との2本立てで業務に当たらなければならない時期もある。一時的な業務量の増加も苦情やクレームの一因だった。
こうした社内からの苦情やクレームに、同社はどのように対応したのだろうか?
「かつて『重要なことを幹部だけで決めていた』反省から、『これをやりますよ』の前の導入を検討する段階から、中間管理職や、場合によってはもう1つ下のレイヤー人たちにも検討の議論に入ってもらって、『どうすればみんなが使いやすくなるのか?』というところから巻き込むやり方に変えていきました。
現場とのやりとりも『困りごと』からアプローチするようにしました。例えば、通常の仕事をする分には、紙の現品票の方が確認しやすい。けれども、製造工程で何らかのトラブルがあったときに原因を調べようとすると、紙では情報にたどり着けない。実はみんな困っていたことが分かったんのです」(倉科さん)
現場の困りごとからアプローチすることで、「最初はちょっと手間だけど、○○が良くなるんだったらやってみようか」と、社内の納得感を得られるようになっていった。
社内だけで難しいときは、ITコーディネータ赤堀さんの力も借りた。
「トップダウンも大切ですが、人が変わらないと何事も変わりません。人が変わるためには社風が変わる必要があるし、社風が変わるためには社長や企業のビジョンを浸透させていく必要があります。
でも、『変わる』って大変です。『DXってこういうもんだよ』という漠然とした話よりも、納得感がないと従業員たちは動きません。社風が変わることが一番難しいというか、DXのポイントだと思っていました」(赤堀さん)
とはいえ、理想は分かるが、ただでさえ難しいのが風土改革だ。
「社内を巻き込むのって実は苦手で。朝礼とかも最初はやっていなかったんです。でも実際、風通しが悪かったのは事実でした」(柳澤さん)
長野テクトロンには、営業、開発、製造、管理の取締役がいる。以前は仕事を取ってくる営業の声が大きく、製品の仕様も営業が決めていた。「こういう仕様だから、後は開発よろしく」。
開発や製造からは「この製品なら、こういう仕様にしたかった」「いま、こういった材料があるから、こっちを使いたかった」といった話が出てくる。だが、その声が採用されることはなかった。
また、「納期の連絡が遅い」「品質保証のために部材のリストを探したいが、探すまでひと苦労だ」など、情報共有ができていないことは、各部の不満にもなっていた。こういった話を共有できる会議体もなかった。
そこで柳澤さんは、幹部たちに定期的に集まってもらい、とりとめのない話をすることから始めた。会話を重ねていくと「情報共有ができていない」ことが、全員の共通認識であることが分かってきた。また、一言で情報共有といっても、各部署でどんな情報を扱っているのか、一気通貫で見たことがある人が誰もいないことも分かった。
「仕事に必要な情報を共有するためには、どんなデータが必要なのか?」――そこで、倉科さんは、各部、グループで扱っていたデータを全て集めてみることにした。
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