DXを「デジタル化による業務効率化」ではなく、本当の意味での「変革」として捉え、市場変化に対応すべくチャレンジする長野テクトロン。最初は批判的な声が多かったが、現在は従業員が前のめりに。同社がたどった従業員を巻き込んだプロセスとは?
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DX(デジタルトランスフォーメーション)を直訳すれば、「デジタルによる変革」だ。
一方、一般的なDXのイメージは、いままでアナログだった仕事をデジタルに置き換えること、つまりデジタル化ではないだろうか。その証拠に、DXを「DX化」と表現する人も多い。
だが本来のDXは、「置き換える」ことではなく「変革」。デジタルデータと技術を活用して、顧客や社会のニーズに合った新たな製品やサービス、ビジネスモデルを構築するとともに、業務そのものや組織、プロセスを変革し、競争優位性を高めること。これらを実現するためには、組織文化や風土も変えていく必要がある。
……と言葉にするのは簡単だが、組織文化や風土を変えるのは一筋縄ではいかない。これが、DXの難しさの一つでもある。
だが、市場変化に伴う危機感から、DXを、組織文化や風土を変えて新たな製品やサービスを生み出す機会だと捉え、真摯(しんし)に向き合っている中小企業がある。長野県長野市に本社を置く長野テクトロンだ。
会社や社会のさまざまな課題に「ITのチカラ」で取り組んでいる人や企業の「ストーリー」をお届けする「ITのチカラ」、今回は長野テクトロンの挑戦と「変革へのプロセス」を追った。
長野テクトロンの主要製品は「メンブレンスイッチ」だ。家電やコインパーキングの精算機などに組み込まれている「薄型のフィルムスイッチやキーボード」といえば、すぐにイメージが浮かぶだろう。
かつては、大手のPCメーカーから大型の発注があった。しかし近年は、製造が海外に移った影響で、日本国内向けの小ロット多品種の製品がメインだ。現在も需要はある。だが、大手が撤退している市場でもある。
「新たな製品や事業を打ち出していかなければ、中小企業はマーケットがなくなってしまいます。新たな製品や事業にシフトしなければ……」――代表取締役の柳澤由英さんには「市場から取り残されている」という危機感があった。
「新たな製品や事業を開拓」と言葉で言うのは簡単だが、実際にはそう容易ではない。中小企業は従業員の人数が限られているし、採用も難しい。「残業してでもやってくれ」という時代でもない。限られた人材、就業時間の中で、新たなことに前向きに取り組んでもらえるようにするためには、時間を生み出す必要がある――。
そこで柳澤さんは、デジタル化によって業務改善することで、新たな取り組みができる時間を生み出したいと考えていた。
このような計画を立てていた矢先、長野テクトロンはセキュリティに関する重大な問題に見舞われた。顧客情報を扱っていたシステムがサイバー攻撃を受けたのだ。
「当時は、セキュリティに関する規定やガイドラインなどの社内整備が追い付いていませんでした」(柳澤さん)
幸い、顧客への被害はなかった。しかし、顧客に影響があったかなかったかを調べるための多額の手数料を、クレジットカード会社から請求された。
「まずは、セキュリティを強化する必要がある」――そこで専門家を頼ることにした。長野県ITコーディネータ協議会の赤堀明さんだ。
セキュリティ問題への対応は大変だったが、懸命な対応で一区切りがついた。そこで、いよいよDXに取り組もうと考えた柳澤さんは、セキュリティインシデント対応を支援してくれた赤堀さんに「DXってどうやったらいいんですか?」と相談した。
「当時は、デジタルを活用して業務改革することがDXだと、何となく思っていました。ですが、そもそもDXを間違って理解していたことに気付きました」(柳澤さん)
DXには、「デジタイゼーション」「デジタライゼーション」「デジタルトランスフォーメーション」の3段階がある。デジタイゼーションは「アナログな方法で扱っていたデータをデジタル化する」こと。デジタライゼーションは「デジタル化したデータを活用し、業務フローや製造プロセスを最適化する」こと、デジタルトランスフォーメーションは「デジタルデータと技術を活用して、顧客や社会のニーズに合った新たな製品やサービス、ビジネスモデルを構築するとともに、業務そのものや組織、プロセス、企業文化や風土を変革し、競争優位性を高める」ことだ。
紙の情報をデジタル化することで、アナログ時代には活用できていなかった情報の結び付きができる。すると、次の段階が見える。柳澤さんは赤堀さんから「DXの前に、まず、デジタイゼーションが重要だ」という話を聞いた。
「『とにかくデジタル化しよう』と、これまで紙で扱っていたさまざま情報をデジタル化することから始めました」(柳澤さん)
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