タイのエンジニアは発想駆動、日本のエンジニアはスコープ重視:Go AbekawaのGo Global! 森見真弓さん from 日本 to タイ(後編)(2/2 ページ)
タイの高校でプログラミング教育に奮闘した森見さん。ハッカソンで生徒の「作る喜び」を引き出し、自身も異文化理解を深めた2年間の軌跡――。
自己変革と日本へのまなざし
森見さんがタイを離れた後も、ハッカソンは継続している。
現在はJICA隊員のサポートなしで、ロッブリー校が主体となって現地の先生や学生が運営しているという。彼女が作ったきっかけが、自律的な発展につながったのだ。
プログラミングに興味がなかった生徒たちが楽しそうにゲームを作る姿や、日本に行けなかった生徒がティーチングアシスタントとなって不具合を全部直してくれたことを、森見さんは忘れない。「C言語やPythonで簡単な計算問題をやるよりも、ゲームを作る方がずっと楽しいですものね」と語るように、生徒たちのプログラミングに対する姿勢は、ハッカソンをきっかけに大きく変わったのである。タイ教育省もプログラミング学習を推奨し、いまではUnityを使ったゲーム制作がプログラミング授業の一部となるまでに発展した。
森見さん自身もタイでの2年間で変わったという。
日本にいた頃は、あまり人に弱みを見せないタイプだったが、タイでは言葉も文化も習慣も何もかもが違うことから「聞かないと分からない」と悟り、積極的に人に質問するようになった。この経験を経て、「日本に帰ってからも、人に聞けるようになりました」と、コミュニケーションに対する意識が変化したことを語る。
無線技術の未来と海外経験がもたらす価値
現在森見さんはアイコムに復職し、無線をWindowsやスマートフォンで利用できるアプリケーション開発に携わっている。
「会社の仕事は大事ですが、それだけだと窮屈になってしまう」と語り、積極的に外の世界を知ることの重要性を説く。また、「タイでアイコムの無線機を見て、やっぱり無線機は活躍できるんだという思いを持って帰ってこられました」と、一度外に出たことが自身のキャリアへの再認識にもつながった。
海外での生活を通じて、改めて日本の良さにも気付かされたという。食事が衛生的でおいしいこと、交通網が発達しどこでも安全に行けること、電気工事などの対応が速いこと――。
また、タイの社会の教科書には日本のエピソードが登場し、タイの人々が日本を好意的に見ていることを知った。逆に日本の教育では、タイについて学ぶ機会が少ないことを疑問にも思うようになった。海外に出たことで、自己と日本のアイデンティティーを深く考えるきっかけになったと語る。
さまざまな困難や文化の違いを乗り越え、森見さんはタイでかけがえのない経験を得た。それは彼女自身の成長だけでなく、多くの生徒たちの未来をも変えるきっかけとなったのである。
Go's Thinking Aloud 編集後記にかえて
JICAの隊員として赴任したタイの中高一貫校は、理科と数学で全国平均を上回る学生が集う優秀校であった。だが、森見さんは、生徒たちの「プログラミングに対する興味が薄い」と感じた。もともとの学力は高いのに、プログラミングが目的となり、それを使って何かをやり遂げることを促す指導が欠けていた。
森見さんは工夫する。ハッカソンやゲームの要素を取り入れ、生徒たちの興味を引き付けていく。学びは楽しみによって補強され、増強される。いったん楽しく学ぶ術を覚えた生徒は、自発的に学びの中に没頭していく。いまではこの取り組みは同校にしっかりと定着し、繰り返し行われる恒例のイベントなっている。
それだけではない。同校の授業の効果を聞き付けたタイ教育省は、系列校のカリキュラムまで変更し、PythonだけではなくUnityでのゲーム開発も推奨している。まさに1人の優秀な先生が仲間を募って現状を変え、次代を担う若者を生み出す仕組みにまで発展した。
森見さんは、生来のエンジニア、そして教育者なのだと思う。
阿部川“Go”久広
アイティメディア 事業開発局 グローバルビジネス戦略担当、情報経営イノベーション専門職大学(iU)学部長、教授、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)特任教授、インタビュアー、作家、翻訳家
コンサルタントを経て、AppleやDisneyなどでマーケティングの要職を歴任。大学在学時から通訳、翻訳も行い、CNNニュースキャスターを2年間務めた。現在 iU 情報経営イノベーション専門職大学の学部長、教授も兼務し、多くの企業とプロジェクトを推進。元神戸大学経営学部非常勤講師、元立教大学大学院MBAコース非常勤講師。ビジネスや起業のコンサルティング、英語やコミュニケーション、プレゼンテーションのトレーナーの他、作家、翻訳家としても活躍中。
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