なぜ、星野リゾートの「成長の足かせ」だった情報システム部は、基幹システムを再構築できたのか:1年目はつらい。2年目もたぶんつらい。でも……(1/4 ページ)
宿泊施設の基幹システム再構築にチャレンジしている、星野リゾート 情報システムグループ。ホテル業界特有の「解決しにくい本質的な課題」解決までの道のりは、10年にわたる歳月と試行錯誤の繰り返しだった。
メディアに掲載されるデジタル化やDX(デジタルトランスフォーメーション)記事といえば、「いかに優れていたか」といった「いい話」が多いように思う。一方で、実際の現場はそんなにうまい話ばかりではない。何なら「悩みばかり」というケースが大半だろう。
だが、いい話ではないからこそ、実践している人たちの「生の声」は胸を打つし、「自分も、もう少し頑張ってみよう」と思えるのではないだろうか。
そして、継続的な取り組みに必要なのは、実践する人の中にある、シンプルな「思い」と「覚悟」なのかもしれない。
会社や社会のさまざまな課題に「ITのチカラ」で取り組んでいる人や企業の「ストーリー」をお届けする本連載。今回は、10年にわたる構想を経て、ホテルの予約・運営を行う基幹システムの再構築にチャレンジし始めた、星野リゾート 情報システムグループの久本英司さんのナラティブだ。
なぜ、基幹システムを再構築しなければならなかったのか? そこには、ホテル業界特有の「解決しにくい本質的な課題」があった――。
70年前の仕組みがベースの「ホテル業界の予約システム」
皆さんも一度はオンラインで宿泊施設を予約したことがあるだろう。その際、こんな疑問を抱いたことはないだろうか。「なぜ、宿泊施設の予約を変更するだけなのに、一度キャンセルした後に再度新規に予約を取り直さないといけないのだろう?」と。
現代の情報システムを思えば、もっと柔軟に変更できてもいいような気がする。だが「ホテルの予約を変更するときは、いったんキャンセルして、再度取り直す」ことが、無意識に前提条件になっている。
その理由について、久本さんは次のように語る。「これは、ホテル業界の構造的な課題です。この何十年で市場は大きく変わりました。しかし、ホテル業界でよく使われているシステムのコンセプトは、70年もの間大きく変わっていません。それによって『普通だったらこうだよね』という顧客の期待に、業界全体が応えられていないのです」
ホテル業界の構造的な課題とは、簡単に説明すると「情報システムの設計が古過ぎる」ことにある。
多くの宿泊施設は、パッケージの予約システムを使っている。予約システムの原型は、1950年代に米国の航空会社のために開発された航空券発券システムまでさかのぼる。
当時はオフコンしかなく、扱える情報が限られていた。また、航空券の多くは旅行会社が販売していた。航空券の予約は旅行会社が取り、紙やテレックスで送られてきた予約・キャンセル情報を元に、航空会社が座席管理を行うという仕組みだ。
宿泊施設の予約システムはこれをベースに作られた。予約は旅行会社がとり、送られてきた予約・キャンセル情報を元に宿泊施設が部屋の在庫管理を行う。この仕組みは、グローバルなホテルチェーンが世界に進出する時にパッケージ化され、世界中で一気に導入された。その結果、ホテル業界における予約システムのスタンダードになったといわれている。
世の中の変化に対応できないホテル業界のシステム構造
問題はここからだ。システムを導入した後も世の中は変化している。部屋の販売チャネルが拡大し、旅行会社だけではなく、オンラインの代理店や自社チャネルでも販売するようになった。さらに、旅行といえばレストランやスパ、アクティビティーなど、部屋の予約以外にも、快適な時間を過ごすためのさまざまな情報を扱う必要がある。
だが残念なことに、ホテルで使用している多くのシステムは、70年前に設計された、主に部屋の予約・キャンセルしかできないパッケージだ。宿泊人数の変更や、顧客が快適な時間を過ごすためのサービスを運用できない(私たちが、予約情報を変更したい場合、「キャンセル→再度新規予約」しなければならないのは、これが理由だ)。しかも、これは業界全体で使われている仕組みで、1社の取り組みだけでは解決が難しい。
また、ホテルの滞在時間を快適に過ごすためのレストランやスパ、アクティビティーといった情報は予約システムでは扱いきれないため、サブシステムを構築することになる。だが、予約システムには最小限のデータしかなく、システム間のデータ連携がうまくできない。
久本さんは言う。「現場からいろいろなニーズが上がってくるのですが、予約とホテル運営のシステムが分断しているために、普通に考えたら『これが当たり前だよね』という顧客体験を提供できなかったんです。これは、ホテル業界の構造の問題だと分かったことが、僕たちの最初の気付きですね」
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