損害賠償、対価の支払い、どちらでもいいですよ――知り過ぎている男:コンサルは見た! 情シスの逆襲(8)(3/3 ページ)
契約前作業を強いた「ラ・マルシェ」に、作業の中止とそれまでにかかった費用1億6000万円の請求を内容証明で通告した「ルッツ・コミュニケーションズ」。日本支社長の本田は法律に詳しく、関係の修復を促す美咲たちを論破する。
契約はあったことにしましょう
「裁判所は案外、システム開発の現場を知っています。契約前にタダで働かせるのはIT業界では日常茶飯事だから、むしろ勝手に人を引き上げた御社に非があると判断をする可能性だってあります」
美咲の言葉に黙り込む本田に、白瀬が追い打ちを掛ける。
「そうなれば損害賠償を請求されるのは、むしろ御社の方だってことにもなりかねないですよ。ここは一つ、もう一度ラ・マルシェと話し合っちゃあどうですか?」
「だったら……」
本田の口元に笑みが浮かんだ。先ほどまで見せていた愛想笑いとは別の、冷たい笑顔だ。
「契約があったってことでも、私は構いませんよ」
「えっ?」
白瀬は首を傾げた。
「知ってますよ。裁判の判決で、ベンダーの作業の実態を見て、正式な契約がなかったけれども事実上契約はあった、と裁判所が判断した例があったでしょう?」
「確かに、そんな判決もありましたね」
本田の言い分にも美咲は落ち着いている。本田はさらに続けた。
「そして、たとえ請負契約でベンダーが途中で作業を止めても、その時点までに作った成果物がユーザーの役に立つものなら――例えば、その成果物を引き継いで別のベンダーが作業を継続できるなら、ベンダーはその分の対価を支払ってもらえる。そんな判決もあったはずです。新しい民法の634条でもしっかりとうたわれていますよね」
改正民法634条
次に掲げる場合において、請負人が既にした仕事の結果のうち可分な部分の給付によって注文者が利益を受けるときは、その部分を仕事の完成と見なす。この場合において、請負人は、注文者が受ける利益の割合に応じて報酬を請求することができる。
「契約がないなら損害賠償。あるなら対価の支払い。1億6000万円は、どちらの名目で払ってもらったって構わんのです。まあ、じっくりとご検討ください。どちらにせよ、結果は見えていると思いますがね」
本田の顔には余裕の笑みが浮かんでいた。
つづく
「コンサルは見た! 情シスの逆襲」第9話は11月28日掲載です。
書籍
細川義洋著 ダイヤモンド社 2138円(税込み)
システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」が、大小70以上のトラブルプロジェクトを解決に導いた経験を総動員し、失敗の本質と原因を網羅した7つのストーリーから成功のポイントを導き出す。
※「コンサルは見た!」は、本書のWeb限定スピンアウトストーリーです
細川義洋
政府CIO補佐官。ITプロセスコンサルタント。元・東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員
NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまで関わったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わる
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