Rapidusは2025年7月、2nmノードのGAAトランジスタの動作確認を発表した。この迅速な成果は驚異的だが、巨額の資金提供者へのアピールという側面も考えられる。本格的な量産やビジネスに入るには、まだまだ課題がありそうだ。また、米国への輸出における関税問題は、Rapidusのビジネスに大きな影を落としそう。そこで、Rapidusの課題について、いろいろと考えてみた。
2025年7月にRapidusが2nmノードのGAAトランジスタの動作を確認した、というプレスリリースを出してきた(Rapidusのプレスリリース「Rapidus、IIM-1にて2nmノードGAAトランジスタの動作を確認」)。
2024年末にクリーンルームが完成したというニュースを聞いたばかりである。プロセス開発の素人が勝手なことを言うのも何だが、最新鋭の製造装置多数を全くの新規工場にインストールし調整して使えるようにするまで半年、そこから何やかんやでプロセスを立ち上げて実際に試作トランジスタが作れるようになるまでもう半年、動作確認は2025年末か2026年になってからではないか、と想像していた。
プロセス開発は、提携先のIBMで進んでいたことを割り引いたとしても、とても素早い達成に思える。すごいと感心する半面、かなり無理に無理を重ねているところもあるのではないか、とも勘繰ってしまう。巨額の資金を投じてもらっているがために、「やってます」「順調です」ということを政府を含めたステークホルダーにアピールしたかったのでは? と。まずは「試作したトランジスタが動作してよかったね」というところではある。
ただし、良い面ばかりが強調されている可能性も否定できない。全くの新設工場、最新の(慣れない)装置だ。経験者を雇い入れているとはいえ、新規編成のチームである。1つや2つ、何らかの問題が発生していても不思議ではない。「巨額の資金」がチラチラしてネガティブなことは言わないように情報統制しているのか、それとも完璧な管理で乗り切っているのかは不明だ。
報道を見ているとイールド(歩留まり)はどうだ、みたいなことに関心を持っているメディアが多いみたいだ。イールドは、製造コストすなわちビジネス可能性に直結するからだろう。
高性能なトランジスタができてもイールドが悪ければビジネスは絵に描いたモチである。Intelファウンダリなどは、イールドが悪過ぎて奈落に沈んだらしいといううわさだ。
しかし、試作トランジスタの動作確認レベルで、イールドをうんぬん言うのは時期尚早である。まぁ、試作ウエハ上のイールドは、形式的に計算できるかもしれないが、そんなものに意味がない。これからプロセスも試作や調整を重ね、「コーナーを責める」ようなケースについても相当量のデータを蓄積していって、統計的に処理した結果として量産時に想定できるイールドが求まるはずなのだ。
通常のプロセスではウエハ内のバラツキもあれば、ロットごとのバラツキもある。特にロットごとバラツキは結構あるので、そのバラツキをキッチリ把握した上で、トランジスタの性能はこの範囲、そしてそのときのイールドはこの範囲と決まってくる。
ましてや今回のRapidusのプロセスは全行程「枚葉プロセス」なんだそうだ(Rapidusの解説「枚葉式とは? Rapidusが目指『完全枚葉式』の半導体製造」参照のこと)。従来の古い工場のロット的なバラツキの把握とは異なってくるはず。量産時に想定できるイールドが見えてくるのはまだまだ先になるだろう。それに量産が始まってからイールドが変化することもままある。
そして試作トランジスタが動作したからといって、すぐにビジネスが始められるわけでないことにも注意する必要がある。実際にそのトランジスタを使って回路を設計するための「情報」が必要なのだ。多分、現時点では実際に設計を進められるほどの「情報」の蓄積はないはず。これまた多数回の試作とその評価、計測を繰り返していってようやく顧客の設計に耐える情報セットが得られる。
プレスリリースによると、今回のプロセスのPDK(プロセスデザインキット:半導体プロセスで回路を設計する際に必要な設計情報やツールをまとめたもの)は「2025年度中」に顧客にリリース予定だそうだ。本格的に顧客と向き合えるのはカレンダー的には2026年になってからのことになるだろう。そこでようやく顧客の要求に見合う性能と価格が達成できているかが問われることになる。
だいぶ前になるが、Rapidus設立の頃にちょっと営業的な懸念点を書いたことがある(頭脳放談「第270回 日の丸半導体再び? 最先端半導体製造会社「Rapidus」への懸念」)。いくら最先端のプロセスがあっても、そこに注文を入れる顧客、特に大口顧客がいなければ経営が成り立たないのでないかと。
多くのファウンダリがそうだと思うのだが、大口注文を継続的にくれる「太客」が経営の柱になっている。小口の顧客の細かい数量をかき集めても先端ファブ(半導体工場)の巨大なキャパは埋まらないのだ。装置産業である半導体ファブにおいてはイールドと同時に、稼働率が命だ。常に損益分岐点を上回る稼働率を維持するためには太客が必須なのだ。
しかし、先端プロセスに巨大な数量の注文を継続的に入れられる顧客は米国勢に偏っている(中国勢もありかもだが、ここでは考えない)。日本にはAI(人工知能)向けのSoC(System-on-a-Chip)などを大量に製造しているファブレスメーカーがほぼないからだ。
それもあってか、2024年だったかRapidusも米国に営業拠点を置いたと聞いている(Rapidusのプレスリリース「Rapidus、シリコンバレーに新会社設立」)。しかし、ここでは関税を振り回す例のお方が登場し、米国に輸入する半導体に100%関税などということを言いだしている。どうなることか分からない。
仮に「日本産」Rapidus半導体に100%かかるということになったら、米国のファブレスメーカーがRapidusに発注を入れることはないだろう。一方、TSMCなど米国生産を始めているファウンダリメーカーには関税は課されないそうだから、競争にならない。
そういう不透明な状況を考えると、米国の大口顧客を捕まえてキャパを埋めようという方針はうまくいかない可能性も高い。この際、もともとの「先端半導体の製造」は国家の安全保障だと割り切って、国内の半導体製造のためのファブに徹し、小口案件を積み上げてキャパを埋めるしかないだろう。
そこで他のファブにない「枚葉プロセス」という仕組みが適合してくれれば万々歳だ。ただし、立ち上げ時にはキャパが埋まらない可能性が高いと予想せざるを得ない。そんなたくさんの小口案件を一気に開始するなどマンパワー的にも難しいからだ。
だいたい発注する側の日本半導体関係者各位にとっても、新規の先端プロセス向けのデバイス多数を一気に設計するなど無理難題である。足腰が弱っているのだから。立ち上げ時のキャパ不足(つまり損益分岐点割れを引き起こす)を補って、トントンになるまで延命させる措置が必要な気がする。やじうまが勝手な意見を書いて申し訳ない。
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。
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