海外から配信しているので、日本の法律は関係ないっすね「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(124)(2/2 ページ)

» 2025年07月28日 05時00分 公開
前のページへ 1|2       

令和7年3月3日 最高裁判所 判決より(つづき)

被告「Y」が提供する動画配信サービスにおいて、Yが管理するサーバにより構成されるコンピュータシステムは、利用者の動画視聴要求に応じて、動画情報を当該利用者の端末に送信し、その端末上で動画が再生されるようにしている。そして、Yが提供するサービスでは、利用者の投稿したコメント情報がその動画に重ねて表示されるようになっており、これらの動画情報およびコメント情報のデータ処理を行っているのは、Yの管理するサーバにより構成されるコンピュータシステムであると認められる。

(中略)

以上の事情からすれば、Yが提供するサービスは、本件特許発明の技術的範囲に属し、日本国内においてその発明を実施していると認められる。よって、Yの行為は、本件特許権を侵害するものである。

特許侵害は効果の生じた国の法による。

 私は法律家ではないので本連載ではあまり法の解釈はしないが、特許法の考えでは、「特許の侵害は、その行為が行われた場所ではなく、その効果が表れた国の法に基づいて判断される」。本件の場合、動画配信サービスを提供するという行為は米国で行われたが、ユーザーはこのサービスを日本国内で利用していた(効果が表れた)ので、日本の特許権を侵害したということになる。

 前述したように、これは海外のクラウドサービスを利用するユーザー企業、ITベンダー全体に関わる問題である。本件のように、海外のサービス事業者が日本の特許を十分に調査せず、あるいは気にもしないでサービス展開してしまうケースがある。それをうっかり利用したユーザー企業は、ある日突然、サービス停止により業務自体が止まってしまう可能性があるし、特許権侵害による損害賠償を求められる可能性がある。

 そして、多額の損失を出すことになるユーザー企業が、その責をサービスを提案したベンダーに求めることは十分に考えられる。

 企業が業務で使うクラウドサービスは、何らかのシステムの一部として組み込まれる場合も多い。そうしたサービスの大多数はITベンダーが選定、提案し、構築したものだ。専門家であるITベンダーが提案したものであればこそ、ユーザーは法的な面も含めて安心して利用するわけだから、ITベンダーの専門家責任は決して軽くはない。

 もしかしたら、ユーザー企業が支払うべき損害賠償をそっくりそのままか、それ以上にベンダーに求めるかもしれない。ITベンダーは海外サービスを提案するに当たって、専門家として十分なチェックが求められる。

サービス利用に当たって求められる確認プロセス

 本件のような問題を防ぐために、ITベンダーは以下のようなプロセスを導入すべきだろう。

 まず、提案段階で使用予定のクラウドサービスの機能を特許調査の対象とすること。契約段階ではクラウドサービス提供者に対して「特許クリアランス」の保証を求める条項を設けること、そして仮にリスクが顕在化した場合の対応方針や代替手段を、事前に明確にしておくこと。いざというときに、サービスの停止や契約の解除だけでなく、損害賠償請求への備えも必要となる。

 これらを怠れば、「技術的に便利」「価格が安い」「導入が容易」といった理由でクラウドサービスを安易に利用したことが、結果的に企業の信用失墜や多額の損害賠償へとつながる危険性がある。

 クラウド時代において、ITベンダーは単なる開発者、導入者にとどまらず、情報の取捨選択とリスク判断の責任を負う存在である。グローバルな技術を活用することと、ローカルな法制度を軽視しないことは、決して矛盾するものではない。本件を契機に、技術と法の間に横たわるギャップをどう乗り越えるかを真剣に考える必要がある。

細川義洋

細川義洋

ITプロセスコンサルタント。元・政府CIO補佐官、東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員

NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。

独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまでかかわったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。

2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わった

個人サイト:CNI IT アドバイザリ

書籍紹介

本連載が書籍になりました!

成功するシステム開発は裁判に学べ!契約・要件定義・検収・下請け・著作権・情報漏えいで失敗しないためのハンドブック

成功するシステム開発は裁判に学べ!〜契約・要件定義・検収・下請け・著作権・情報漏えいで失敗しないためのハンドブック

細川義洋著 技術評論社 2138円(税込み)

本連載、待望の書籍化。IT訴訟の専門家が難しい判例を分かりやすく読み解き、契約、要件定義、検収から、下請け、著作権、情報漏えいまで、トラブルのポイントやプロジェクト成功への実践ノウハウを丁寧に解説する。


エンジニアじゃない人が欲しいシステムを手に入れるためにすべきこと

細川義洋著 ソシム  2420円(税込み)

1mmも望んでいないDX室への異動を命じられた主人公が、悪戦苦闘、七転八倒、阿鼻叫喚を繰り広げながら、周囲を巻き込んで「欲しいシステム」を手に入れるまでを8つのストーリーで解説。システムの開発工程に沿って、必要なノウハウと心構えを体得できます。


システムを「外注」するときに読む本

細川義洋著 ダイヤモンド社 2138円(税込み)

システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」が、大小70以上のトラブルプロジェクトを解決に導いた経験を総動員し、失敗の本質と原因を網羅した7つのストーリーから成功のポイントを導き出す。


プロジェクトの失敗はだれのせい? 紛争解決特別法務室“トッポ―"中林麻衣の事件簿

細川義洋著 技術評論社 1814円(税込み)

紛争の処理を担う特別法務部、通称「トッポ―」の部員である中林麻衣が数多くの問題に当たる中で目の当たりにするプロジェクト失敗の本質、そして成功の極意とは?


「IT専門調停委員」が教える モメないプロジェクト管理77の鉄則

細川義洋著 日本実業出版社 2160円(税込み)

提案見積もり、要件定義、契約、プロジェクト体制、プロジェクト計画と管理、各種開発方式から保守に至るまで、PMが悩み、かつトラブルになりやすい77のトピックを厳選し、現実的なアドバイスを贈る。


なぜ、システム開発は必ずモメるのか?

細川義洋著 日本実業出版社 2160円(税込み)

約7割が失敗するといわれるコンピュータシステムの開発プロジェクト。その最悪の結末であるIT訴訟の事例を参考に、ベンダーvsユーザーのトラブル解決策を、IT案件専門の美人弁護士「塔子」が伝授する。


前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

アイティメディアからのお知らせ

スポンサーからのお知らせPR

注目のテーマ

4AI by @IT - AIを作り、動かし、守り、生かす
Microsoft & Windows最前線2025
AI for エンジニアリング
ローコード/ノーコード セントラル by @IT - ITエンジニアがビジネスの中心で活躍する組織へ
Cloud Native Central by @IT - スケーラブルな能力を組織に
システム開発ノウハウ 【発注ナビ】PR
あなたにおすすめの記事PR

RSSについて

アイティメディアIDについて

メールマガジン登録

@ITのメールマガジンは、 もちろん、すべて無料です。ぜひメールマガジンをご購読ください。