海外の動画配信サービス企業が日本の企業に特許権の侵害で訴えられた。海外で作り、海外で配信しているサービスにも、日本の法律は効力を持つのか――?
「ニコニコ動画」や「TikTok」などで、動画を見ながらのコメント投稿を楽しむ人は多いことだろう。「YouTube」などと異なり、コメントが動画上を横切る独自のスタイルは、単なる意見の共有にとどまらず、コンテンツの一部として再構成される文化的現象を生み出したともいえる。
コメント表示機能は日本の大手動画配信サービスが取り入れたものが有名で、特に同時期に発せられたコメントが画面上で重ならないようにする仕組みは日本の特許も取得している。
そしてこのスタイルは世界中で人気となり、海外の動画配信サービス企業も同様のコメント表示機能を開発、実装してユーザーに提供するようになった。日本発のコメント文化は一種のスタンダードになりつつある。だが、その「似たような機能」が日本国内で法的問題に発展した事例がある。
IT訴訟事例を例にとり、システム開発にまつわるトラブルの予防策と対処法を解説する本連載。今回取り上げるのは、海外のサーバから日本に提供されたコメント表示機能が、日本の特許権を侵害するものなのかどうかが問題になったケースだ。
これは動画配信サービスだけの問題ではない。日本の多くの企業が使う海外クラウドのサービス全般に関わるリスクである。日々、便利に使っている海外のさまざまなサービスが、既に日本の企業が特許権を得たものと同じ機能であったらどうなのか。その際、そのサービスを提案し、それを組み込んでシステム開発を行ったベンダーの責任はどうなのか。そんなことを考えてみたい。
まずは概要をご覧いただこう。
本件は、日本国内で動画配信サイトを運営する原告企業「X」が、海外動画配信サービスを運営する被告企業「Y」らに対して、日本の特許法に基づき、差止請求および損害賠償を求めた。
Yの運営するサービスは海外のサーバから動画を配信するものであり、ユーザーが投稿したコメントを、動画の再生中に画面上を横切って流すという機能を有するが、この機能は日本国内ではXによる配信サービスが先行して実装していたものであり、国内の特許権として保有している。XはYらが特許権を侵害していると訴えた。
ただしY側は、この機能を独自に開発しており、海外サーバでのサービス提供であることから、これが日本の特許権侵害にあたるのかどうかが問題となった。
出典:裁判所ウェブ 事件番号令和5年(受)第14号、第15号 特許権侵害差止等請求事件
本件で注目すべきは、争点が単なる技術的模倣の有無にとどまらず、「どこで行われているサービスが、どこの法に基づいて違法とされるのか」という、国境を越えるクラウドサービスならではの問題を含んでいる点である。
Yは、当該コメント機能を独自に開発しており、日本国外では既に広く普及していた方式であった。その提供方法も主として海外からの配信であり、サーバも国外に設置されていたとされている。つまり、Yにとっては、日本の特許法の適用を受ける意識は薄く、「海外サービスの一部として当然、提供できる」と捉えていた可能性がある。
一方、Xは自社の特許が日本国内でのサービスに対して有効であると主張した。たとえ配信拠点が海外であっても、最終的に日本のユーザーがそのサービスを利用している以上、日本国内での特許侵害と見なされるべきだという立場である。
この構図は、クラウドサービスを前提とした現代のITシステムにおいて、ユーザー企業とITベンダーが直面するリスクの縮図ともいえる。
仮に、「海外のクラウドサービスも、提供先が日本であれば日本の特許法の射程圏内である」とするなら、ITユーザーがクラウドを利用する際、それが特許権を侵害していないかどうかを入念にチェックする必要がある。そうしなければ、ある日突然、クラウドサービスの利用が差し止められるばかりか、損害賠償を求められることにもなりかねない。
そうなれば、そのシステムを提案し、組み込んだITベンダーにとっても人ごとではなくなる。いや、むしろこうしたチェックを怠って提案、開発したITベンダーは専門家である分、より大きな責任を被ることになるかもしれない。本裁判の結果は、単なる動画配信サービスにとどまらない大きな意味を持っているといえる。
では判決はどうだったのだろうか。続きを見てみよう。
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