「自分主義」で進化に貢献せよ キャリア40年、ネットワーク専門家の視点諸君、進化に貢献できる仕事をしようではないか(1/2 ページ)

どんな分野で仕事をするにしても「進化に貢献する」ことが大事。そのためには「アイデア力」「まとめ力」「情報発信力」という3つの力と、土台としての「自分主義」が必要だ。

» 2025年07月14日 05時00分 公開
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 「どんな分野で仕事をするとしても、進化に貢献できる人になってください。そうすれば、やりがいも収入もついてきます」

 ネットワーク業界で40年のキャリアを重ね、@ITでは人気連載「羽ばたけ! ネットワークエンジニア」の筆者として知られる松田次博氏(情報化研究会主宰)が、2025年6月12日、母校である愛媛県立西条高等学校で「ネットワークの世界を進化させる」というテーマで講演(※)、全校生徒800人にこんなメッセージを送った。

 松田氏は、東京大学経済学部を卒業後、NTTデータ、NECを経て2021年に独立。大企業のネットワークコンサルティングを行っている。

 フリーのコンサルタントとして活躍し続ける背景には、「進化に貢献できる仕事」をしていることと、「自分主義」という働き方があるという。

※ 本講演は、えひめ教育支援ボランティア(共同代表 北須賀逸雄氏、松山大学教授)のコーディネートにより、道前会(西条高等学校卒業生の会、会長 真鍋和年氏)と西条高等学校(校長 山下和宏氏)の共催で行われた。

東京ガス IP電話、110年の「電話の常識」覆す

 松田氏の代表的な功績の一つが、NTTデータ在職中の2002年に手掛けた、東京ガス IP電話システムの構築だ。明治時代から110年続いた回線交換方式による電話交換を、パケット交換方式に切り替えた、大胆なプロジェクトだった。

 端緒は東京ガスからの相談だった。当時松田氏は、ローソンのネットワークを高速化するプロジェクトを手掛け、ネットワークを6倍高速化しながら、コストを4割下げることに成功。この事例を講演で紹介したところ、東京ガスから講演の翌日に電話があり、浜松町の本社に来るように頼まれた。松田氏が訪問すると東京ガスはネットワークの現状を2時間かけて説明した後、ローソンと同じネットワークを提案するよう依頼した。松田氏は即座に「提案はできません」と断った。しかし、1週間後、松田氏は1000万円でネットワークのコンサルティングを受注した。そのいきさつは後述する。

 コンサルを進める中で松田氏が着目したのは、東京ガスのネットワーク費用の中で、電話交換機が40%という、最も高い比率を占めていたことだ。「コスト削減するには電話交換機を捨ててしまうのが一番手っ取り早い」とシンプルに考え、当時企業が全く使っていなかったIP電話への切り替えを提案した。

IP電話の仕組み(松田氏講演資料より、以下同)

 回線交換方式は「糸電話」と同じ原理で、電話交換機が通話する電話機と電話機を電話回線で接続し、音声が電気信号として流れる。当時の東京ガスには約2万台の電話機があり、2万本の電話回線が電話交換機に接続されていた。そのため、電話交換機はハードウェアとして大型になり、高コストであった。

 対してIP電話はパケット技術を使うため、電話交換を行うIP電話サーバは1本のケーブルで済ませられる。サーバのハードウェアは小型で低コストになる。

 また、回線交換方式では電話のネットワークとPCのネットワークは別々に必要だが、IPパケットを使うIP電話は1つのネットワークを電話とコンピュータでシェアできるため、ネットワーク費用も削減できる。このようにハードウェア、ネットワークの費用が大幅に削減できるのがIP電話の特長だ。

 その後の入札を経て、NTTデータはこのプロジェクトを受注。2002年12月13日の日本経済新聞の1面に「IP電話全面導入 東京ガス 通信費半分以下に」という記事が掲載された。保守的なイメージのある大企業が実績のないIP電話の導入を決めたため、ネットワーク業界では「東ガス ショック」が流行語となり、大企業を中心にIP電話の導入が加速した。

 東京ガス・IP電話の進化への貢献をまとめたのが下図だ。

「東京ガス IP電話」の進化への貢献

 松田氏によると、進化に貢献するには、大本となるアイデアを発想する「アイデア力」、それを実現する「まとめ力」、完成した事例を広く普及させるための「情報発信力」が必要だという。

 東京ガス・IP電話では米国製IP電話ソフトやIP電話機などのシステム要素をまとめ、10社約60人からなるプロジェクトをまとめた。情報発信としては新聞、テレビ(NHKクローズアップ現代など)で広く取り上げられた他、松田氏は『企業ネットワークの設計・構築技法ー広域イーサネット/IP電話の高度利用」』(2003年3月 日経BP社刊)を出版し、3刷を重ねた。

トラブルや問題は解決できる人にしか、解決できない

 松田氏によれば、東京ガスのコンサルティングを受注したいきさつは次の通りだ。

 「提案はできません」と断ると、東京ガスの責任者は驚いた様子で「なぜですか?」と聞いた。松田氏は「貴社のネットワークは大規模で複雑です。提案するには膨大な手間と時間がかかります。1000万円頂けるなら、コンサルとして提案します」と答えた。1週間後、東京ガスはコンサルを発注した。

 コンサルが始まってしばらくたった時、松田氏は東京ガスの責任者に「初対面の人間になぜ1週間でコンサルを発注してくれたのですか?」と聞いた。「松田さんが初めて来た時、トラブル対応の電話をしていたでしょ? それを聞いて『この人は何事も自分で責任を持ってやる人だ』と思ったので発注しました」というのがその答えだった。

 実は松田氏が東京ガスを訪問して会議室で待っている時、胸ポケットの携帯電話が鳴った。ある企業の衛星通信システムがダウンしたという連絡だった。松田氏は席を立って、窓から眼下の浜離宮庭園を見ながら状況を聞き、指示をして電話を切った。ふり向くと気付かないうちに東京ガスの人たちが着席していた。トラブル対応の電話を聞かれてしまったのだ。

 松田氏は高校生たちに「皆さんはこれからの人生でいろいろなトラブルや問題に遭遇します。今、既に問題を抱えている人もいるかもしれない。ここでトラブルや問題に対するときに大事なことを2つ言っておきます」と、次のように述べた。

 「トラブルや問題を解決するためにまず大事なことは『なるべく詳細、正確に状況を把握すること』です。それができれば解決の糸口が見えてくることがある。次に重要なのは『トラブルや問題は解決できる人にしか解決できない』という当たり前のことを忘れないことです。つまり、自分で解決できないトラブルや問題があるのは普通のことであり、自分で解決できないときは解決できる人に助けてもらえばいい、ということです。

 私が東京ガスにいたときに受けたトラブルの連絡に対して部下に指示したのは、『まずは落ち着いて、今起こっている事象をなるべく詳しく正確に記録しなさい。記録できたら、解析できるのはKさんだから、Kさんに送って解析してもらいなさい』という内容でした。

 プロジェクトマネジャーである私の仕事は、自分でトラブルを直すことではありません。トラブルを解決できる人を連れてきて、解決してもらうことです」

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