第300回 Arm優勢の車載マイコン市場に現れたライバル、RISC-Vはゲームチェンジャーになるのか頭脳放談

現在、自動車の制御には多くのマイコンが使われている。この市場では、最近Armベースのマイコンを採用するケースが多いようだ。ところが、ここに来て、幾つかのベンダーからRISC-Vを採用した車載向けマイコン関連の発表が相次いでいる。なぜ、車載マイコン市場にRISC-Vが進出しようとしているのか、その背景を考えてみた。

» 2025年05月19日 05時00分 公開
Arm優勢の車載マイコン市場にRISC-Vが殴り込み(?)の背景 Arm優勢の車載マイコン市場にRISC-Vが殴り込み(?)の背景
Infineon TechnologiesがRISC-V Summit Europe 2024の基調講演で、RISV-Vを車載向けに採用するメリットを示している。スケーラブルなマイクロアーキテクチャであることや、RISC-Vの命令セットがオープンスタンダードであることなどが利点と見ているようだ(Infineon Technologiesのプレゼンテーション資料「RISC-V - Success factors & opportunities for dependable automotive applications[PDF]」より)。

 「RISC-V(リスクファイブ)の名はよく聞くが、実際にどこに使われているのか分からないという方も多いのではないだろうか。いまだにArmがスマートフォン(スマホ)業界を押さえており、最近ではデータセンター向けなどでもArmが伸長しつつある(頭脳放談「第298回 Armが方針転換? 『設計図だけでなく自前の半導体製品を販売するかも』報道の真相」参照のこと)。そのような「目立つところ」でまだRISC-Vが登場しない、というのがその一因かもしれない。

 しかし、組み込み業界(製品としてはマイクロプロセッサではなく、マイクロコントローラーという言い方をする)ではRISC-Vの浸透は進んでいる。組み込み業界といった場合、その本丸は自動車向けである(頭脳放談「第296回 AIに続く半導体業界のホットスポットは自動車?」)。数量、金額、影響力の点で本丸の自動車産業向けでRISC-Vが主導権を取った場合、その時は既に組み込み業界全体がRISC-Vに席巻(せっけん)されていることに愕然(がくぜん)とするかもしれない。

 2025年春は、RISC-Vの車載応用が進みそうなプレスリリースが相次いだ(Infineon Technologiesのプレスリリース「インフィニオン、車載初のRISC-Vマイコンを発表し、自動車産業にRISC-Vを導入」、デンソーのプレスリリース「デンソーと米国スタートアップQuadric、 AI半導体に関する開発ライセンス契約を締結」)。

 ついに組み込みの本丸にもRISC-V進出の機運だ。今回は、まずは自動車へのマイクロコントローラー(マイコン)の応用が進んできた長い歴史を振り返り、なぜArmやRISC-VといったメジャーどころのCPUコアが好まれるようになったのか、その損得勘定みたいな部分にフォーカスして考えてみたい。

自動車のマイコン制御の歴史を振り返る

 自動車の制御にマイコンを使うことには長い歴史がある。今から半世紀も前から自動車のエンジンをマイコンで制御することが行われていたのだ。最近の電気自動車に限らず、半世紀前の内燃ガソリン機関の自動車ですらマイコンなしには回らなかったのだ。

 その先駆けとなったのが、東芝やIntelといった会社のエンジン制御用マイコンであった。1970年代というとまだ8bitのマイコン全盛の時代だが、エンジン制御には8bitでは足らない。各社先進的な16bit級(東芝のはちょっとビットが小さめだった記憶がある)のエンジン制御用のマイコンを投入し、自動車会社の要求に応えていたのだ。

 まずはエンジン制御だったが、すぐにブレーキシステムなど、走る、止まるの重要部品にもマイコンが使われるようになる。例えばABS(Anti-lock Brake System)など、当時としては先進的な電子制御技術が導入されたからだ。ABSなどは8bitコア+周辺回路でも対応できたので汎用(はんよう)8bitのコアの車載版などが使われたはずだ。

 こうして自動車と半導体との関係が始まったわけだが、初期は各社各種のマイコンアーキテクチャをそれぞれ使用していたと記憶する。自動車会社としてはノウハウを囲い込むべくクローズドな開発であったのだ。この時代では会社をまたがったソフトウェアの流通性などは皆無だったのではないかと思う。

 さて、自動車におけるマイコンの使用は年々増加し、車の各部に取り付けられたモーターの一つ一つに漏れなくマイコンが搭載されてくるような状態となり、1台の車にマイコンの使用個数が何十個などということになってくる。当然、車内部でのマイコン間の通信の要求も増える。ごく初期にはピアツーピアのアドホックな通信であったはずだが、CAN(Controller Area Network)やLIN(Local Interconnect Network)などの規格化された通信となり、それら末端にいる制御系のマイコン達を統合するホストというかハブ的な高性能のマイコンも必要とされてくる。

 通常ハンドルの前にあるインストルメントパネル(メーターパネル、インパネ)も進化が進み、現代ではスマホやタブレットのような表示になっている。この部分は情報系だが、制御の情報を反映しないとならないので、車内ネットワークと結合されている。

 そして、衝突軽減ブレーキとかアダプティブクルーズコントロールとか車載カメラで外界を認識し、車の制御に応用する技術も一般化してくる。自動運転技術はこのちょい先である。

 そして、昨今では外界との通信機能を生かしたSDV(Software Defined Vehicle)が開発の中心と化している。現段階になると人工知能(AI)の名の下に、ひとまとめにされてしまっている各種のソフトウェア技術こそがメインである。当然、車載マイコンに求められる性能は格段に大きくなっている。

 ここで自動車の関連技術には対応すべき規格、技術基準、標準といったものが途轍(とてつ)もなく多いことに注意しておかなければならない。その中にはソフトウェア技術も含まれる。

 ちなみに適当な車載向けのソフトウェア規格書などダウンロードできるものがあれば読んでみるとよい。分厚い英文のPDFで無味乾燥な記述がこれでもかと並んでいるはずだ。しかし、その中身は「何とかについてはまたこれを参照」という按配(あんばい)で、読んでも読んでも終わらなくなること必至である。多くの場合、それはヨーロッパの自動車産業の人たちの影響なのだが……。

独自技術からArmやRISV-V採用の流れへ

 さてそのような状況下では、自社内で持っておくべき技術と、他社と共通で構わないインフラ的技術を分けて考えないとならない。

 大昔の自動車会社では、ほとんどの技術を自社内に囲い込んでいた。しかし、現在、そのような開発手法だと莫大なリソースと時間を費やすことになってしまう。特に前述の規格や基準への準拠などは、販売するためには必須とはいえ、自社の差別化ポイントにはならない。みんな横並びでOKな技術だ。そのような部分にリソースを割くよりも、他の差別化ポイントにリソースを集中したい、ということになる。

 そこにこそ、Arm、そしてRISC-Vなどを採用する意義がある。Armなどであれば、多くのサードベンダーが存在しており、各種規格などを通すための開発ツール、ミドルウェアなどを提供している。もちろん有償だが、相乗りする方が一から自社開発するよりもはるかに費用対効果が大きい。Armコアのマイコンを採用すれば、インフラ的な部分は問題なく対応できるようになっているのだ。

 そして、ここに来てRISC-Vでも十分に対応できる状況になってきた。欧州車載半導体の大手、Infineon TechnologiesがRISC-Vコアの車載マイコン投入を公式表明したからだ。発表資料を読むと車載向け開発ツール、ミドルウェア業界の主なところが網羅されている感じがする。Infineon Technologiesの目論見(もくろみ)通りに進行すれば、数年後にはRISC-Vを使った開発でもArm並みにやれそうだ。

Infineon Technologiesが構築するRISC-V向けエコシステム Infineon Technologiesが構築するRISC-V向けエコシステム
Infineon Technologiesは、既存のパートナーシップを生かして、車載向けのRIS-Vにおいても、エコシステムを構築するとしている(図は、「インフィニオンはRISC-Vを自動車業界のオープン スタンダードにすべく市場をけん引」より)。

ArmからRISC-Vへスイッチする流れの背景

 ここで、なぜArmからRISC-Vへスイッチするのかと考えたら、その答えは1つだろう。お金だ。Armコアの場合、コアごとにイニシャルフィーやロイヤルティーがかかってくる。長年、Armにお金を払い続けてきた各社であるが、ひそかにArm疲れのような気持ちがあるのではないだろうか。RISC-Vであれば自社開発も可能だ。たとえCPU設計のサードベンダーからコアを買ったとしてもRISC-V業界はレッドオーシャン化している。具体的な値段は分からないが、Armよりはよほど有利な条件で調達できるに違いない。

 現段階はまだ「エコシステム」が完全に確立しているわけではないので、躊躇(ちゅうちょ)している半導体ベンダーも多いようだ。しかし、ひとたび、「RISC-Vでも大丈夫」というところに来てしまうと、その先の展開は速いかもしれない。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。


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