プログラムを使いましたが、お金は払いません「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(121)(2/2 ページ)

» 2025年05月19日 05時00分 公開
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 判決文の続きを見てみよう。

東京地方裁判所 令和6年判決より(つづき)抜粋

ITベンダーとユーザー企業は、本件プログラムの制作に関する合意をしており、ITベンダーは、当該合意に基づき、ユーザー企業に対し本件プログラムの使用につき黙示の許諾を与えていたものと認めるのが相当である。

(中略)

ITベンダーがユーザー企業から本件プログラムの制作を依頼され、現にこれを作成してユーザー企業の端末に自らインストールまでしている事情を踏まえると、上記に関わる合意をしていたものと認めるのが相当である。

 裁判所はプログラムの使用について“黙示の”許諾があったと判断し、ITベンダーには不利な判断が下された。

開発からインストールまでの作業が使用を許諾する行為に

 「ユーザー企業からの制作依頼」「それに応じたプログラム作成」「ユーザー企業の端末へのインストール」という一連の流れ全体が、使用許諾の意思表示として裁判所に判断されたようだ。

 考えてみれば、プログラムはユーザーが使用することを前提に作られるものだから、ITベンダーが実質的に使用権を許諾していたはずだとの判断は当然のことともいえる。

 ただ、結果的に書面による契約書がないまま両者の関係が破綻した時点で、ユーザー企業のそれまでのプログラム利用は著作権(使用権)の侵害だったのではないかとするITベンダーの主張もそれなりの理由はあるように思えたが、裁判所はその間も実質的には使用許諾があったと判断したのだ。

 この判決は、作成したプログラムをユーザー企業のサーバなどにインストールすると、それがすなわち使用権を許諾したと見なされる可能性があることを示唆している。むろんケース・バイ・ケースではあろうが、契約がなくても許諾が黙示的に認められることが、本判決で明らかになった。

契約書不存在のリスクはITベンダーとユーザー双方に

 通常、ユーザーは結果的にプログラムを使うので大きな問題とはならないかもしれない。しかしこのケースのように、何らかの形でITベンダーとユーザーが対立したとき、ITベンダーはユーザーのプログラム使用を止められないことになる。

 きちんと開発費用をもらっているならよいが、近年よく行われるPoW(Proof of Work:実証実験)やプロトタイプ開発などのような、仕様検討のために安価に、もしくは無償で「一時的に」使ってもらうはずだったプログラムをユーザーが使い続けるという危険もある。

 そうなると、正式な契約書を交わすことが重要になってくる。たとえ無償で一時的に使わせるだけであったとしても、期限や使用目的、使用条件、権利関係を明確にした契約が、やはり必要である。契約書を取り交わす作業は、それなりに費用も労力も必要ではあるが、それを行わないリスクが顕在化してしまったのがこの裁判だ。

 一方、ユーザー企業側も契約書がない状況では注意が必要だ。

 確かに今回の判決では、ITベンダーがインストールしたプログラムの「黙示の許諾」が認められた。しかし、その使用権の範囲は必ずしも明確ではない。インストールされたプログラムを使えるというだけで、それ以外の権利(改変権、複製権、第三者提供権など)が自動的に与えられるわけではない。

 プログラムのバージョンアップや保守も不明確だ。ITベンダーには継続的な保守義務があるのか、バグ修正は無償なのか、追加機能の開発には別途料金が発生するのか、こうした点は契約書がなければ争いの種になる。

 さらに、ビジネス環境の変化に伴うシステムの拡張や変更についても問題が生じ得る。例えば、初期に想定していなかった利用者数の増加や新しい業務への適用、クラウド環境への移行などを行う場合、それが当初の「黙示の許諾」の範囲内かどうかは不明確だ。

 特に今回のケースでは、プログラムの不具合を巡るトラブルが紛争の引き金になっている。不具合が見つかった場合の対応方法やITベンダーの責任範囲が契約書で明確になっていれば、こうした紛争は避けられた可能性が高い。

 ユーザー企業としては、プログラムの利用を安定的に継続するためにも、使用権の範囲や保守条件、不具合対応などを含めた契約書を交わしておくことが重要だ。

 今後、使用権に関する契約書は、AI導入を検討するためのPoC(Proof of Concept:概念実証)、実証実験が必要なプロジェクトが増えるとともにその重要性を増してくるように思う。

細川義洋

細川義洋

ITプロセスコンサルタント。元・政府CIO補佐官、東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員

NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。

独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまでかかわったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。

2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わった

個人サイト:CNI IT アドバイザリ

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