明確な契約を結ばずに作成した特注のプログラム。ユーザー企業は不具合を理由に支払いを拒否し、ベンダーは使用権侵害を主張した。裁判に負けたら、ベンダーは開発費用もプログラムの使用料も払ってもらえないのか――?
IT訴訟事例を例にとり、システム開発にまつわるトラブルの予防策と対処法を解説する本連載。今回は、プログラムの使用権と利用許諾を巡る問題を考えてみたい。
システム開発を依頼したユーザー企業と開発を請け負ったITベンダーの間で契約関係が明確でなかったために、紛争が生じた事例だ。端的に言えば、「明示的な契約がなくともプログラムの使用許諾があると見なされるのか」という点が争われた。
契約書の不存在や曖昧さはITの現場ではよくあることだ。特に中小規模の案件では、見積書や発注書のやりとりだけで開発が進むこともある。しかし、こうした不明確さが後々のトラブルの火種となるのだ――。
まずは概要をご覧いただこう。
ユーザー企業は業務に使用するソフトウェアの導入を検討しており、ITベンダーに依頼してプログラムを作成させた。ITベンダーは作成したプログラムをユーザー企業の端末にインストールし、ユーザー企業は使用を開始した。
当初、両者の間で明確な契約書は交わされていなかったが、特に問題は生じていなかった。しかしプログラムに不具合が見つかり、それを巡って対立が深まった。
ITベンダーは代金を請求したが、ユーザー企業は不具合を理由に支払いを拒否した。それに対抗する形で、ITベンダーは使用権侵害を主張するようになった。
ITベンダーは、ユーザー企業がライセンス契約を締結していないにもかかわらずプログラムを商用利用していたと主張し、ユーザー企業はITベンダーからの使用許諾に基づいて正当に使用していたと反論した。
出典 出典:IP Force 知財判決速報/裁判例集
本件の最大の特徴は、「ITベンダーとユーザー企業の間で明確な書面契約が交わされていなかった」点だ。この状況下で、プログラムの使用許諾が認められるのだろうか。
ITの現場では、このような契約関係の曖昧さはよく見られる。中小企業のオーダーメイドシステムでは特に顕著だ。「○○のような機能が欲しい」といった口頭での要望伝達、簡単な見積書のやりとり、そして開発、稼働という流れも多く見られる。
細かい条件は担当者間の信頼関係で進められることも多いし、「まずは使ってみて、その後調整する」というアプローチもよくあることだ。基本機能を実装したβ版をユーザー企業の端末にインストールし、実際の業務で使いながら改良点を見つけていく――そんな開発プロセスもある。
こうしたケースでは、開発作業はもちろん、ライセンスに関する契約書の作成も後回しになる場合もある。その結果、プログラムの「使用権」を巡る紛争が発生する可能性もある。
本来ソフトウェア開発では、開発契約やライセンス契約を締結し、使用権の帰属や利用条件を明確にする。発注書や契約書には「納品物の著作権はITベンダーに帰属する」「ユーザーには使用権を許諾する」「改変、複製は禁止する」といった条項が明記される。しかし本件では、そうした明確な取り決めがないまま開発が進められた。
結果として、ITベンダーは「契約がないからプログラムを使う権利はない」と主張し、ユーザー企業は「依頼して作ってもらったものだから当然使用の許可はあった」と反論する事態に発展した。
この対立を裁判所はどう判断したのだろうか。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.