セブン&アイグループはグループ企業ごとに独立していたOAネットワークの統合を進めている。その中で大きな問題となっていたWi-Fiネットワークの運用をAIの活用で劇的に改善した。
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セブン&アイグループは、グループ全体のセキュリティを強化し、ネットワークのコスト最適化を図るため、統合OA(Office Automation)ネットワークの構築を進めている。その重要な構成要素であるWi-Fiネットワークは運用上の大きな問題を抱えていたが、AI(人工知能)の活用によって解決した。人材不足が深刻化する中、企業ネットワークの運用においてもAIを活用した省人化や効率化は今後一層重要になる。
セブン&アイグループにおけるAI活用の取り組みについて、セブン&アイ・ホールディングス グループシステム部・統合OA/NW Unitシニアオフィサー 金子英樹氏と同Unitオフィサー 中島啓喜氏に話を聞いた。
金子氏によると、セブン&アイグループの25社(2025年4月時点)は、各社が独自にネットワークを作り、個々にセキュリティ対策を採っていた。過去に発生したセキュリティ事故をきっかけにグループ全体で均質で高度なセキュリティ対策を実現し、ネットワークのコスト最適化を図るため、統合OAネットワークを構築することとなった。その設計・構築は2021年4月に始まり、2025年5月に全ての対象の事業会社の旧インフラからの移行が完了する予定だ。
統合OAネットワークの構成を下図に示す。
統合OAネットワークは、Palo Alto NetworksのSASE(Secure Access Service Edge)である「Prisma Access」と、MPLS(Multi Protocol Label Switching)閉域網で構成されている。端末からデータセンター内のアプリケーション/サービスへのアクセスも、インターネット上のサービスへのアクセスも全てPrisma Accessによってゼロトラストによるアクセス制御が行われている。
拠点数は約1600で、本部系の拠点と店舗系の拠点が含まれるが、コンビニの店舗は入っていない。Wi-Fiは以前のネットワークでは2種類の製品が使われていたが、後述するように運用上の問題が大きかったため、Juniper Networksの「Juniper Mist」に統一された。Wi-Fiの対象拠点は全国に数十拠点ある本部系の拠点だ。
Juniper MistはAIを活用したWi-Fiの運用が可能であり、拠点に設置された約900台の「Mist AP」は「Juniper Mist Cloud」で監視/制御されている。
在宅勤務や外出先からは、モバイル網からPrisma Access経由でイントラネット、インターネットにアクセスする。
統合OAネットワークの構築過程では新旧2種類のWi-Fi AP(アクセスポイント)を併用していた。しかし、電波干渉などのため「遅い」「切れる」といったクレームが多発した。AP管理アプライアンスを使った障害の原因分析も困難で、チューニングを繰り返してもなかなか効果が得られなかった。結果、運用チームの疲弊とユーザー満足度の低下を招いてしまった。
そこで、金子氏が解決の切り札として採用したのがJuniper Mistだ。既存のAPは全てMist APにリプレースし、Juniper Mist Cloudで管理することとした。Juniper MistはWi-Fi環境の可視化とAIによる分析が可能なサービスだ。APの稼働状況だけでなく、ユーザーが快適に使えているかどうかをスコアで把握できる。APに接続される端末数の変化など、Wi-Fi環境の変化に応じて電波強度などをAIが自動調整するので、手間をかけずに快適な運用ができる。
中島氏によるとJuniper MistによってWi-Fiの運用負荷が従前の数分の1に減ったそうだ。とくに障害対応の負担が減っている。APの使用率の上昇といった障害の原因になる事象をいち早く発見して対処できるため、障害そのものが減った。障害が発生してもJuniper Mistで原因の特定と対処が簡単、迅速にできるようになった。
金子氏はネットワーク全体の障害対応の迅速化にもJuniper Mistが役立っているという。以前は障害が発生すると、PCチーム、Wi-Fiチーム、WANチームなどが一斉に動いて障害箇所を切り分けていたそうだ。人が大勢動かなくてもJuniper Mistで簡単に障害原因を特定できるようになったのだ。
Juniper Mistに限らず、企業ネットワークの運用においてAIを活用して省人化、自動化を図ることは企業ネットワークに携わる者にとって重要な課題だ。AI活用を考える上で金子氏の言葉が印象に残った。金子氏は米国企業などの外資系企業での勤務経験が豊富だ。よく知られているように米国企業のIT部門は内製化が進んでいる。対して日本の企業はベンダー依存度が高い。
「日本で運用に必要なネットワーク技術者を採用することは難しく、高いコストを払ってベンダーに依存している企業が多い。AIを活用すれば誰でも簡単に少ない労力でネットワークの運用ができる。AIの活用で高コストなベンダー依存をなくしたい」(金子氏)
とても分かりやすいAI活用の指針だ。企業ネットワークではわざと運用を難しくしているとしか考えられないモノがまだ残っている。その一例が、レガシーPBX(Private Branch Exchange)だ。電話機を数台増設する、といった単純な作業でも、ユーザーはPBXに触ることもできず高い作業費をPBX業者に払ってやってもらうしかない。そんな理不尽なレガシーPBXはクラウドPBXに駆逐されつつある。
これからは企業ネットワークのあらゆる要素がAIの活用で構築/運用の容易化、省人化、低コスト化が進むだろう。企業ネットワークを構成するサービスや製品を選択する際にはそのようなAI活用がされているかどうかを選択基準として重視すべきだ。
松田次博(まつだ つぐひろ)
情報化研究会(http://www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。
IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。本コラムを加筆再構成した『新視点で設計する 企業ネットワーク高度化教本』(2020年7月、技術評論社刊)、『自分主義 営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(2015年、日経BP社刊)はじめ多数の著書がある。
東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)、NEC(デジタルネットワーク事業部エグゼクティブエキスパートなど)を経て、2021年4月に独立し、大手企業のネットワーク関連プロジェクトの支援、コンサルに従事。新しい企業ネットワークのモデル(事例)作りに貢献することを目標としている。連絡先メールアドレスは[email protected]。
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