ポランニーのパラドックス(Polanyi's Paradox)とは?AI・機械学習の用語辞典

人間は経験(=暗黙知)として知識を身に付けるが、それを言葉(=形式知)にして他人に伝えるのは難しい、という逆説を指す。このため、知的活動をAIに教えることも困難とされてきた。これはルールベースのAIの話であり、近年の機械学習では暗黙知に近い振る舞いを模倣できるようになってきている。ただし、本質的な課題は依然として残されている。

» 2025年04月02日 05時00分 公開
[一色政彦デジタルアドバンテージ]
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連載目次

用語解説

 人工知能(AI)や機械学習の分野においてポランニーのパラドックスPolanyi's Paradox)とは、哲学者マイケル・ポランニー(Michael Polanyi)氏の言葉「私たちは知っていることを、全て言葉にできるわけではない(We can know more than we can tell)」に由来する逆説(パラドックス)である。例えば「自転車の乗り方」は経験を通じて自然に身に付くが(=暗黙知:tacit knowledge)、それを他人に明確なルールや手順(=形式知:explicit knowledge)として説明したり、コンピュータに実装したりするのは非常に難しい。このように、人間の知的活動をルールや手順としてAIに教えることは困難なのである(図1)。

図1 ポランニーのパラドックス(Polanyi's Paradox)のイメージ 図1 ポランニーのパラドックス(Polanyi's Paradox)のイメージ

 この逆説は、特にルールベースのAI(=人間が明示的にルールを記述する方式)が主流だった時代のAI研究において、大きな壁となっていた。

 近年では、ディープラーニングをはじめとした機械学習技術の進展により、大量のデータからAI自身がパターンを学習することが可能になった。しかし、これはあくまで統計的なパターン認識に過ぎず、人間の暗黙知が持つ深層的な文脈理解や創造性とは本質的に異なると考えるべきだ。

 さらに、生成AIは自然な文章や画像を生み出せるようになったが、その出力も膨大なデータに基づく統計的な再構成にとどまる。文脈や意図を真に理解しているわけではなく、あくまで「もっともらしく見える」出力を確率的に生成しているに過ぎない。

 ポランニーのパラドックスが示す「知識の言語化困難性」という本質的な課題は、現在の技術水準では依然として解決されていない。AIの能力は、人間の経験的知識の深層的な理解というよりも、洗練された模倣と予測のメカニズムに近いものである。この概念は、「AIは本当に理解しているのか?」という根本的で哲学的な問いを提起し続ける、極めて重要な視点である。

 なお、ポランニーのパラドックスと類似の概念として「モラベックのパラドックス(Moravec's paradox)」がある。これは、大人が行うような高度な知性に基づく推論(例えば数学問題を解くこと)よりも、1歳児が行うような本能に基づく運動スキルや知覚を身に付ける方がはるかに困難である、という逆説である。どちらの逆説も、人間の知的活動がいかに暗黙知や経験に支えられているかを示しており、AI開発の難しさを考える上で重要な視点となる。

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