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AIエージェント元年に考える、これからのITインフラやシステム戦略とは――調査から読み解く3つのAIエージェント活用フェーズと、欠かせない「仕組み」AIエージェント活用時の設計原則とは

Clouderaが実施した調査によるとグローバルで57%、日本でも43%の企業が過去2年以内にAIエージェントの導入を開始しており、2025年はまさに「AIエージェント元年」と呼べる年になります。ユーザーの意図を理解し自律的に推論、行動するAIエージェントは、既存のワークフローを再定義し、ITインフラやシステム戦略の抜本的な見直しを迫るものとなるでしょう。本稿では、AIエージェント導入のステップを3つのフェーズに分けて解説するとともに、導入を成功に導くためのインフラ、セキュリティ、データガバナンスの在り方を考えます。

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 AIエージェントが、ユーザーの意図を理解し、環境と対話しながら自律的に意思決定と実行を担う「行動するアシスタント」として、多様な業務に入り込んできているのはもはや疑う余地がありません。筆者の所属するClouderaが2025年2月に実施した、世界14カ国1500人のエンタープライズITリーダーを対象にした調査でも、全体の57%、日本でも43%と、半数近くが「過去2年以内にAIエージェントの導入を開始した」と回答しました。

 企業がAIエージェントの導入に注目し、ワークフローの再定義に着手する中、ITエンジニアは今後、AIエージェントの存在を前提としたインフラ設計やシステム戦略の見直しを迫られることになるでしょう。

 また毎年7月16日は、AIの進化と社会への影響をたたえる国際的な記念日「AI Appreciation Day(AI感謝の日)」となっています。Clouderaはこの日を、AIの可能性を再認識し、社内外の啓発活動を促進する機会と位置付けてきました。私たちはAIを取り巻く業務や社会との関わりについて、深い対話をするきっかけとして改めて注目しています。

 そこで本稿では、AIエージェント導入のプロセスや課題を整理し、AIエージェント活用を成果につなげるため重要となるインフラ、セキュリティ、データマネジメントの在り方を考えます。

2025年が「AIエージェント元年」となる理由

 2023年から2024年にかけて、生成AIの爆発的な進化が進んだことは言うまでもありません。大規模言語モデル(LLM)、自然言語処理(NLP)、検索拡張生成(RAG)の技術的な飛躍がもたらされたことで、従来のチャットbotやRPA(Robotic Process Automation)とは一線を画すAIエージェントが登場し、企業の意思決定プロセスそのものを刷新し始めています。

 先述したCloudera調査では、全回答者の85%が「これまでの生成AIへの投資がAIエージェントの導入準備に役立った」と考え、9割以上(グローバル96%、日本91%)が「今後12カ月以内にAIエージェント活用を拡大する計画を立てている」と、2025年度内にも活用を加速させる計画を明らかにしています。AIエージェントはいまや、コンセプトから実用フェーズへと急速に移行しつつあり、2025年を「AIエージェント元年」と呼ぶのにふさわしい最大の理由となっています。

 AIエージェントとは、ユーザーの意図や目標を理解し、外部システムやツールと連携しながら、自律的に推論、計画、実行をするアクターです。AIエージェントを単なる「チャットbotの進化形」と捉えるのは誤りで、複数のデータソースやAPIと連携しながら、タスクの解法を「自ら選択できる」という点で本質的に異なります。

 AIエージェントは状況に応じて複雑な判断を下す能力を持ち、定型業務の自動化にとどまらず、後述する「IT運用における異常検知と自動スケーリング」「顧客対応におけるパーソナライズされたサポート」「セキュリティ監視とログ分析の自動化」といった高度なタスクの実行が可能です。これにより、人間のチームが戦略的、創造的な業務に集中できるようになると期待されています。

 つまり、AIエージェントが正しく実装されれば、効率性の飛躍的向上、コスト削減、顧客体験の改善、データドリブンな意思決定の高速化といった経営的なメリットが期待されます。そして、CTO(最高技術責任者)やCIO(最高情報責任者)だけでなく、DevOpsやプラットフォームエンジニア、インフラアーキテクトにとっても、AIエージェントは次なる挑戦領域をもたらすのです。

AIエージェント活用の3フェーズ

 AIエージェントの導入は、プラグ&プレイ的な一過性の施策ではなく、段階的に深化しながら企業の中核業務に統合されていきます。Clouderaの調査および現場での導入実態から、AIエージェントの活用が主に3つのフェーズに分かれて進化している構造が見えてきます。

フェーズ1:導入初期(パイロットフェーズ)

 導入初期では、IT運用やカスタマーサポートといった限られた業務領域からAIエージェントの活用が始まります。このフェーズでは、定型業務の自動化やROI(投資対効果)の向上が主な目的となり、ITヘルプデスクにおける一次対応bot、DevOps業務におけるログ分析アシスタント、FAQの自動応答など、効果が分かりやすく業務負荷の軽減を実感しやすい領域が中心となります。

 Cloudera調査によれば、FAQ対応や有人対応前の一次応答といった業務でのAIエージェント導入率は、グローバル78%、日本63%に達しています。プロセス自動化領域では、グローバル71%、日本65%と、特に製造業での業務効率化に役立っています。予測分析における導入率もグローバル57%、日本55%と半数を超えており、企業のデータ活用基盤の整備が進みつつあることが伺えます。企業はこのフェーズで、AIエージェントの信頼性とパフォーマンスを検証しながら、次のステップを見極めていくことができます。

フェーズ2:成長期(拡張フェーズ)

 続く成長期では、AIエージェントは高度な業務領域で活用されるようになります。サプライチェーンの最適化、インフラの負荷分散、予測モデルの更新や精度チューニングを自動化するAutoMLと連携したリソース配分調整、リアルタイムでのセキュリティ監視など、業務プロセス全体にまたがるタスクへと広がっていきます。これに伴い、API統合やRAGなどの高度な技術構成も求められます。

 Cloudera調査では、グローバルの成長段階でAIエージェントは、セキュリティ監視(63%)、パフォーマンス最適化(66%)、開発アシスタント(62%)といった分野に導入されています。こうした潮流は今後、日本にも波及すると予想されます。

 他方で、SOC(Security Operations Center)業務における脅威検知の自動化や、アプリケーション開発におけるCI/CD(継続的インテグレーション/継続的デリバリー)パイプライン、つまりコードの変更を自動的にビルド、テスト、デプロイする一連の開発運用プロセスの構築/運用支援といった場面でのAIエージェント活用も始まりつつあります。

 こうした開発プロセスの高度化においては、AIエージェントがテストケースの自動生成/更新、モデルの再トレーニング判断、デプロイ時のチェックフロー支援といった役割を果たし、DevOpsチームの運用効率化に大きく貢献します。

フェーズ3:成熟期(最適化フェーズ)

 そして成熟期に至ると、AIエージェントは全社的に展開され、意思決定そのものを支える基盤へと進化していきます。全社レベルでのKPI(重要業績評価指標)モニタリングや経営判断のサポート、システム障害の予兆検出と自動修復対応、部門を超えた業務オーケストレーションが代表的なユースケースです。この段階では、これまで人間が担っていた「判断」や「調整」といった役割をAIが部分的に肩代わりし、「共同意思決定者」としてのポジションを担うでしょう。

 これらの3つのフェーズを見据えたとき、企業は短期的なROIだけでなく、中長期的な業務プロセス再構築のロードマップを描くことが求められます。エンジニアは単なるPoC(概念実証)を回す役割にとどまらず、AIエージェントが組織内に根付くための設計思想と、設計者としての視座を求められます。そのため、IT部門では、こうした多様なユースケースを支えるAIプラットフォームの整備がますます重要なテーマとなっていくでしょう。

AIエージェント時代のITエンジニアに求められる設計原則

 AIエージェントの実用化には、信頼性の高いデータ基盤と、スケーラブルなAI開発ツールの統合が欠かせません。AI推論やローコード/ノーコード機能に対応することで、あらゆるログやデータを効率的に学習、推論基盤に取り込み、安全かつ大規模な運用を実現できます。

 一方、AIエージェント運用においては、従来の業務アプリケーションでは想定されなかった新たな課題も顕在化しています。

  • インフラやプラットフォームの設計、運用者
  • DevOpsの実務者
  • 機械学習モデルの開発、運用、モニタリング、再学習といったライフサイクルを担うMLOps担当エンジニア

といった方々は、AIエージェントの導入を加速するための対応が求められるでしょう。なぜなら、AIエージェントは自律的に判断、実行しながら継続的に学習、適応する特性を持つため、従来の静的なアーキテクチャやシステム運用では、限界があるからです。

柔軟性と自律性を支えるインフラ基盤の構築

 筆者は、AIエージェントを本格導入するには、柔軟性と自律性に見合ったインフラ基盤が求められるようになると考えています。ここからはその主なポイントを解説します。

 まず、自社システムにおけるIaC(Infrastructure as Code)対応や構成管理の標準化が、AIエージェントによる自動的な操作/制御を可能にするための前提条件となります。つまり、「Terraform」や「Ansible」といったIaCツールを活用した構成管理の標準化が不可欠です。これにより、AIエージェントがAPI経由でインフラ構成変更を自律的に実行する土台が整います。

 そして、AIエージェントの稼働状況や判断プロセスを可視化し、トラブルの予兆をつかむには高度な監視、可観測性(オブザーバビリティ)を高める仕組みが不可欠です。そこで活躍するのが、「Prometheus」と「Grafana」の組み合わせです。

 Prometheusは、CPU使用率やレスポンスタイムなどのシステムメトリクスを時系列で収集/蓄積するオープンソースの監視ツールであり、Grafanaはそのデータを可視化するダッシュボードを提供します。これらにより、AIエージェントの振る舞いをリアルタイムで観測できる可観測性が確保され、異常の早期検知にもつながります。

 AIエージェントを導入してシステムのスケーラビリティやデータのポータビリティを確保するためには、クラウドネイティブなアーキテクチャの最適化が求められます。ここでは、Googleが開発したコンテナオーケストレーションツールである「Kubernetes」が中核技術として活躍します。AIモデルやタスクエージェントをコンテナ化し、必要に応じて自動スケーリングやフェイルオーバーを実行することで、柔軟かつ可用性の高い実行環境を実現できます。

強固なセキュリティと説明責任の確保

SIEM/SOAR連携によるセキュリティ運用の自動化

 セキュリティにおいては、AIエージェントが「SIEM」(Security Information Event Management)ツールから得たログデータを基に異常行動を特定し、「SOAR」(Security Orchestration, Automation and Response:セキュリティの連携、自動化と対処)と呼ばれる自動化プラットフォームと連携して、疑わしい端末の隔離やアラートの送信といった対応を自律的に実行するフローが考えられます。

 AIエージェントによる初期対応の自動化によって、エンジニアの役割は脅威の「対応者」から「分析者/改善提案者」へと変化し、トータルでより戦略的なセキュリティ運用が可能になると考えられます。

データリネージとメタデータ管理によるガバナンス強化

 AIエージェントが活用するデータの出どころや変遷を把握し、ガバナンスやコンプライアンス要件に対応するため、メタデータ管理の仕組みが欠かせません。オープンソースのデータカタログである「Apache Atlas」は、そうしたニーズに対応するエンタープライズ向けのメタデータ管理、データリネージ(データの変遷)可視化ツールです。

 AIエージェントがどのようなデータにアクセスし、どう処理/判断に利用したかを体系的に記録/追跡することができ、監査要件への対応にも寄与します。

判断プロセスの透明化

 さまざまなLLMを手段として高度なタスクを実行可能できるAIエージェントが社内で増えていくと、「なぜそのような判断をAIエージェントが下したのか」を説明可能な形で示す、「エクスプレイナブル AI」(Explainable AI)の思想が重要視されるようになります。

 これは単なる技術的要件にとどまらず、後述するバイアス検知や公平性確保、AI倫理といった観点からも、システムアーキテクトやインフラエンジニアが設計段階から意識すべき領域となります。

アカウンタビリティ(説明責任)

 AIエージェントの存在感が高まるにつれて、アカウンタビリティ(説明責任)はより重要となります。Cloudera調査によれば、グローバル回答者の51%、日本でも46%が「AIのバイアスと公平性」に深刻な懸念を抱いており、グローバル回答者の38%、日本の28%が「人によるレビュー」「多様なトレーニングデータの活用」「公正性監査の導入」など、複数の対策を講じています。さらにグローバルの36%、日本の46%は、何らかのバイアスチェック措置を既に導入しています。

 またAIエージェント活用の根幹を支える「データの品質」や「可用性」は、依然として解決すべき重要な技術課題です。AIエージェントをPoC段階から本番環境へとスムーズに移行するには、企業のプライベートかつ高度にセキュアなデータ環境へ組み込むことが必要です。これにより、AIエージェント導入に伴うリスクを、既存のデータガバナンスやリスク許容の枠組みの中に収めることができます。ガバナンス、説明責任、そして技術基盤の三位一体で、AIエージェントの持続可能な活用が実現されるのです。

オープンソースを活用した持続可能なエコシステムの構築

 AIエージェントの導入が本格化する中で、オープンソースの役割は、従来にも増して戦略的な意味を帯びるようになってきました。エージェント設計、運用基盤、さらには将来的な拡張性に至るまで、オープンソースの持つ柔軟性と透明性は、企業のAI活用方針に直結する重要な要素です。

 これまで多くの企業では、ChatGPTやClaudeのようなクローズドなLLMをSaaS(Software as a Services)として導入する形でAIを活用してきました。確かに導入の手軽さという点では有効ですが、一方で、外部APIを通じて企業の機密情報を送信せざるを得ないというデータ主権の問題や、企業固有の文脈に合わせた柔軟なカスタマイズが難しいという制限、さらにはAPI利用量に応じた課金によるコストの不安定性といった課題も顕在化しています。

 こうした中で、「LLaMA」や「Mistral」の他、「DeepSeek」「Gemma」といったローカルでも実行可能なLLMが注目されています。自社プライベートクラウドやオンプレミス環境でセルフホスティングが可能であり、セキュリティの確保、コスト制御、カスタマイズ性の確保という要件を同時に満たす選択肢として存在感を増しています。

 気を付けるべきなのは、AIエージェントは単一のモデルで構成されるのではなく、複数のコンポーネントを統合したシステムということです。このような疎結合なアーキテクチャにおいては、標準的なUI(ユーザーインタフェース)とオープンな設計思想を持つOSS(オープンソースソフトウェア)が、拡張性、可搬性、相互運用性の観点で非常に有利に働きます。

 「LangChain」「Haystack」「AutoGen」「llama.cpp」といったオープンソースのエージェントフレームワークは、Kubernetesとの統合もスムーズであり、企業固有の業務ロジックに柔軟に対応可能です。

 AIエージェントの導入が進むにつれ、こうしたオープンソースの優位性をいち早く取り入れたハイブリッドデータプラットフォームの重要性が高まると考えられています。

 「OpenLineage」やApache Atlasとの統合によるメタデータ管理の強化、Kubernetesネイティブなオープンソースエージェントの展開、さらにはMCP(Model Customization Platform)を通じたLLMの社内特化展開といった取り組みが実績として挙げられます。これにより、企業はベンダーロックインを回避しながらも、セキュアかつ柔軟で拡張可能なAIエージェントの運用を実現できます。Clouderaはこの環境を、「真のハイブリッドデータプラットフォーム」と位置付けています。

 今後、AIエージェントが企業における意思決定の役割を担う時代において、自由度と透明性を確保するオープンソースの活用は、もはや「選択肢の一つ」ではなく、「前提条件」となるでしょう。企業は、自社の戦略や価値観に即したOSSをいかに選び、どのように技術基盤と文化に組み込むのかという視点で、ビジネスの土台を築いていく必要があります。

おわりに

 AIエージェントの真価を引き出すためには、AIエージェントを単一のツールとして設計するのではなく、インフラ、セキュリティ、ガバナンスが一体となった「連携されたスタック」として統合的に設計/構築することが不可欠です。このエンドツーエンドの統合基盤が、AIエージェントを企業の強力な「チームメイト」にさせる仕組みとなるでしょう。

 適切なツールと信頼できるデータインフラを整備し、自社内でデータ主権を確保しつつ、セキュリティやコンプライアンス要件に合致したAIガバナンスを確立すること。これこそが、AIエージェントをビジネスチャンスに変え、競争力を強固にする勝ち筋となるはずです。

著者紹介

吉田 栄信

Cloudera ソリューション・エンジニアリング・マネジャー

クラウド、ビッグデータ、データガバナンス、PaaS、Webアプリケーション領域においてアーキテクトとしての設計・実装経験を持つソリューションエンジニア。2019年6月 Clouderaに参画、2023年11月から現職。


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