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月に住んでも寂しくない Interopで見つけた惑星間インターネットと月面開発の夢Interop Tokyo 2025 Internet x Space Summitレポート(1/2 ページ)

Interop Tokyo 2025のInternet x Space Summitでは、宇宙開発についての議論が行われた。月面での人々の生活を支えるデジタルインフラとはどういうものなのか。本稿では、宇宙分野に関わっていない人こそ注目すべきセッションをレポートする。

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 「この中で、月からWebにアクセスしたことがある人、いますか?」

 こんな質問が会場内に響いた。

 2025年6月11〜13日に千葉・幕張メッセで開催された、ネットワークをテーマとする一大イベント「Interop Tokyo 2025」では、“宇宙に広がるデジタルインフラを、ビジネスチャンスに”をメッセージとして掲げる特別企画「Internet x Space Summit」が実施された。ここで聞くことのできた、宇宙分野に関わっていない人こそ注目すべきセッションをレポートする。

月とのRTTは2.6秒 惑星間インターネットを現実のものにするには

 冒頭の問いかけをしたのは、惑星間インターネットサービスを研究する慶應義塾大学総合政策学部4年の内田祥喜氏だ。


慶應義塾大学総合政策学部4年 内田祥喜氏

 地球と月の間の通信では、どのようなことが起きるのか。地球から月は38万kmの距離にあるが、光は1秒間に29万kmの速さしかない。つまり、月との通信には最低でも片道1.3秒、往復だと2.6秒の時間がかかる。Webページを表示しようとすると1回のやり取りでは終わらないので、完全に表示するにはさらに時間がかかってしまう。

 月でこれほどの通信遅延が発生するのなら、火星との間ではどうなるのか。最も接近したときで片道3分、最長では22分もかかってしまい、TCPなど既存の技術ではタイムアウトしてしまう。

 これまでの宇宙開発ミッションでは、そのたびに地上との間でダイレクト通信を設定してきた。これでは、人が月面で生活するようなシナリオには対応できない。

 「私たちが描く未来の通信は、月面から家族とつながるものだ。そのために、ミッションごとではなく、今のインターネットのように宇宙空間に“回線”を張り巡らせ、それをシェアしたい」(内田氏)

 こうしたゴールを目指して遅延や断絶に強い「DTN」(Delay/Disruption Tolerant Networking)というネットワークの概念が生まれ、「Bundle Protocol」(BP)という通信プロトコルが研究されている。

 InteropのShowNetでは、国際宇宙ステーションや衛星を中継点とした月との通信を想定し、BPを使った仮想的な通信環境を構築した。ラックがずらりと並ぶShowNetブースにおいて異彩を放つ、この一見地味だが夢のある構成に気が付いた来場者は少ないかもしれない。


ShowNetでは、Bundle Protocolを用い、衛星とのリンクが切れることも想定した惑星間インターネットを構築している

ShowNetの対外接続回線/ルータのラックの下部に、惑星間ネットワークを模擬的に提供するラック群が設置されていた

立てよ日本のエンジニア 来るべき世界のデジタルインフラ構築へ

 2025年6月11日には、「デジタルインフラを宇宙に広げるために我々が考えるべきこと」と題するパネルセッションが行われた。Interop Tokyo 2025実行委員長の慶應義塾大学 村井純教授をモデレータとし、デジタルインフラを宇宙に広げることの意義、そしてなぜそれをInteropの場で語るのかという点に触れたディスカッションだ。


左から慶應義塾大学の村井純教授、IPNSIG Presidentの金子洋介氏、トヨタ自動車の片岡史憲氏、慶應義塾大学大学院の神武直彦教授

 村井教授は3年前より、宇宙の領域を結び付けるInternet x Space Summitの企画を行っている。登壇したIPNSIG(Interplanetary Networking Special Interest Group)Presidentの金子洋介氏とは当時から、いかに民間企業に宇宙開発への関心を持ってもらうかという議論を続けてきた。その中で「Interopをうまく使うといいんじゃないか」と持ちかけたことが開催のきっかけだったという。

 IPNSIGとは、惑星間インターネットの実現を目指す国際的な非営利団体。インターネットの世界的組織であるInternet Society(ISOC)内のグループとして1998年に設立された。

 主な活動目的は、地球以外の天体や宇宙空間までインターネットの仕組みを拡張し、宇宙通信インフラを構築することだ。宇宙船や人工衛星、地上局、惑星間を結ぶネットワークの技術や標準化、ガバナンスのあり方などを検討している。

 宇宙関連の近年における大きなトピックは、米国政府によるアルテミス計画の立ち上げだ。アメリカ航空宇宙局(NASA)が各国の宇宙関連機関や民間宇宙企業と協力して進めている。日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)も参加している。

 金子氏は「アポロ計画は月に人を送り込むことを目的としたのに対し、アルテミス計画では月面にインフラを作って持続的な活動を実現し、さらに有人火星探査を目指すという大きな違いがある」とする。

 月面での持続的な活動、つまり月での生活を実現するには、ますます民間の能力を活用することが不可欠だ。

 IPNSIGでは、これまでの宇宙開発ミッションにおける点と点を結ぶ通信ではなく、人類の共通基盤として惑星間インターネットを構築し、探査や科学、商業利用の拡大を目指している。その必要性について金子氏は、月面に生活環境を整備すると想定したとき、「エネルギープラントやロボットが動き、そこで大量のデータが発生する。それをどう集め、どう処理し、どう地球に送り返すのか、全体像をこれから考える必要がある」と述べる。

 「地球、月の“デジタルエコシステム”という考え方で、未来を切り開くことができる。それが将来のInteropのテーマの一つになるのではないか」(金子氏)

宇宙に無関係の“民間の力”こそが必要とされている

 では、民間企業はどのように「月面での生活」に貢献できるのだろうか。

 トヨタ自動車 デジタル情報通信本部 デジタル変革推進部 主査 片岡史憲氏は、同社のルナクルーザープロジェクトおよびJAXAの「有人与圧ローバが拓く“月面社会”勉強会」で、日本の120社が集まる“チームジャパン”の一員として活動している。

「トヨタイムズ」でも紹介されたルナクルーザー

 「有人与圧ローバーは移動型月面基地として活動する位置付け」だと片岡氏は説明する。エネルギーが太陽光しかない極限状態で人々が暮らすための技術開発の場として「月面というのは非常に重要だ」という。

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