サーバ事業者さん。契約は結んでいませんが、あなたを訴えます:「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(55)(3/3 ページ)
クラウドサービスベンダーに預けたプログラムが、HDDの故障で消失した。「さあ、訴えてやる!」。でも、誰を?――IT訴訟事例を例にとり、システム開発にまつわるトラブルの予防と対策法を解説する人気連載。今回は「クラウド上のデータの責任の所在」を考える。
では、誰が責任を負うのか
もう一方の事業者であるサービスベンダーの責任はどうなるだろうか。
顧客企業と直接契約を結んでいるのはサービスベンダーなので、サーバの安定的な稼働とプログラム、データの保全責任を負うべきはサービスベンダーではないだろうか。
しかし、顧客企業はサービスベンダーを訴えなかった。他の会社で発生したHDD障害の責任をサービスベンダーに負わせるのは、形式的にはともかく現実にそぐわないと考えたのかもしれない。
事実、ここでサービスベンダーを相手に訴訟を起こしても、「サービスベンダーに何ができたのか」という議論になり、ベンダーの責任は追及しきれなかったかもしれない。いずれにせよ、サービスベンダーに実質的な責任を負わせるのは、やや現実的ではない。
そして顧客企業は、「自分たちが障害に備えておく責任はなかった」と考えている。サービスベンダー、およびサーバ業者を信頼して運用を任せていたからだ。
まさに「三すくみ」の状態だった。
裁判では責任論は争われなかった。そもそも、顧客企業とサーバ業者の間には、何ら契約関係が存在しない。「契約がない以上、そこに債務不履行も損害賠償も存在し得ず、争う理由がない」というのが裁判所の結論だった。
本当の責任者は?
裁判は顧客企業が敗訴した。
しかし「これで一件落着」といかないのが、本連載である。改めて考えてみよう。本当に顧客のデータに責任を持つべきは誰だったのだろう?
私が今回本判例を持ち出したのは、裁判所がこうした場合の1つの考え方を示したからだ。以下の部分が、それに該当する。
東京地方裁判所 平成21年5月20日判決から(つづき)
サーバは完全無欠ではなく、障害が生じて保存されているプログラムなどが消失することがあり得るが、プログラムなどはデジタル情報であって、容易に複製することができ、利用者(この場合は顧客企業)はプログラムなどが消失したとしても、これを記録・保存していれば、プログラムなどを再稼働させることができるのであり、そのことは広く知られているから、顧客企業は本件プログラムや本件データの消失防止策を容易に講ずることができたのである。
裁判所は、サーバは障害を起こすものである。それは誰もが簡単に予見できるものであり、プログラムやデータの破損に備えてあらかじめバックアップを取る程度のことは、顧客企業の責任においてできたことであり、やるべきだったと述べている。プログラムやデータの保全は顧客の責任という判断だ。
無論、顧客企業自らが作業を行わなくてもいい。例えば、「運用設計の時点で危険を予測して定期的なバックアップを計画する」などの対策を、顧客が主導して行うべきだ、ということだ。
私は長らくベンダーサイドにいたので、サーバの故障によるデータ消失の話題を何度か聞いたことがある。しかし、その責任が顧客側にあるとは、一度も考えたことがなかった。機械の故障はもちろん、顧客の操作ミスさえも、ベンダーの責任であると信じて疑わなかった。
もちろん顧客は「お客さま」だ。満足度や次の商売を考えると、簡単に責任を押し付けることなど現実的にはなかなかできないだろう。ただ、それにあぐらをかいて全てを丸投げしてくる顧客をそのままにしていたら、いつ、どんな災厄が降ってくるかは分からない。
機会があれば、「こんな判決が出た」ことを顧客と話題にして、双方の責任について共に考えてみてはどうだろうか。
細川義洋
政府CIO補佐官。ITプロセスコンサルタント。元・東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員
NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。
独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまで関わったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。
2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わる
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