同意していないのにマイナンバーを付与されたので、11万円ください「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(123)(1/2 ページ)

「マイナンバー制度は、個人のセンシティブ情報が把握、分析される危険がある」「同意なしにマイナンバーを付番されたことに精神的損害を与えられた」と市民たちが国を訴えた。国はこれらの訴えに、どのようなロジックで反論するのか――?

» 2025年06月17日 05時00分 公開
「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説

連載目次

 デジタル化の進展に伴い、個人情報を取り扱う業務システムの重要性がますます高まっている。特に、税務、社会保障、医療などの分野では、個人番号(マイナンバー)を利用した処理が日常的に行われており、これを支える情報システムの設計、運用には高い安全性と法令適合性が求められる。

 ITベンダーにとっても、単なるシステム開発ではなく、制度趣旨を理解し、法的要求を満たした提案をすることが市場での信頼確保につながる。そして同時に、開発されたシステムが顧客や利用者から「なぜこの設計になっているのか」「万が一情報漏えいが起きたらどうなるのか」と問われたとき、納得のいく説明ができる構造になっているかどうかが問われる時代である。

 とりわけ、個人番号のように慎重な取り扱いが求められる情報を扱う場合、制度が想定するリスクとその対策をどれだけ技術的に実装できているかが、企業の信頼性そのものに直結する。ITベンダーが「自社は法令通りに作った」と主張しても、それが形式的すぎれば、事故や炎上の際には責任を免れられない。

 IT訴訟事例を例にとり、システム開発にまつわるトラブルの予防策と対処法を解説する本連載。今回は、個人番号制度を巡って争われた裁判の中から、制度に求められる技術的水準と分散設計の意義を再確認し、ITベンダーとして何を押さえるべきかを考えてみたい。

個人番号制度に求められる技術的要請と設計思想

 まずは概要をご覧いただこう。

大阪地方裁判所 令和3年2月4日判決より

本件は、マイナンバー制度に反対する市民らが国を被告として提起したものである。原告らは、行政機関や地方公共団体による個人番号の収集、保管、利用が、憲法13条に基づくプライバシー権、特に自己情報コントロール権を不当に侵害するものであると主張した。

原告市民は、個人番号が国や自治体の間で広範に共有される構造により、個々人の行政上の情報(年金、税、医療、福祉など)が容易に名寄せされ、本人の知らぬ間に性格や生活状況、病歴などのセンシティブ情報が把握、分析される危険があると訴えた。こうした名寄せやプロファイリングの危険性は、制度発足当初から懸念されていた点でもある。

また、原告の一部は自己の同意なしに個人番号が一方的に付番、利用されたこと自体が精神的損害を与えるものであり、慰謝料として国に各11万円の損害賠償を求めた。さらに、情報漏えいや不正利用が現実に発生していないとしても、制度の構造自体が違憲であり、将来的な侵害の危険性に対しても司法的救済が必要だと主張した。

出典:裁判所ウェブ 事件番号 平成27(ワ)11996

 本件の争点は「1 番号制度が原告らのプライバシー権を侵害しているか」「2 具体的な損害が生じているか」「3 個人番号の削除や差し止めを命じる必要があるか」といったことだ。

 本稿ではITベンダーが提案、開発に当たって考慮すべきことに着目し、「1」に関連して裁判所が判断した「情報の一元管理の危険性」や「技術的保護措置の有無とその評価」について考えてみる。

 原告らは「番号制度によって個人の行政情報が各機関間で容易に照会可能となり、その結果、特定個人の生活や経済状態、病歴などが一元的に把握、分析される可能性がある」と主張した。また、システムの設計上、「本人の同意なく情報が連携され、情報の名寄せが可能であり、プライバシー権の本質である自己情報コントロール権を侵害する」とも言う。原告は特に「情報連携の過程で、誰がどのような情報をやりとりしているかを本人が把握できない」点に不安を抱いていた。

 これに対して国は、本システムは「分散管理型」の方法を基に設計されており、一元管理や包括的名寄せは原理的に不可能であると反論した。

 全ての情報を1カ所で保有することなく、各行政機関が保有する情報を必要なときに限定的に連携する仕組みであること、通信は暗号化されており、復号できるのは情報を利用する当該機関に限られること、情報提供用個人識別符号が用いられているため、他の機関やシステム管理者が特定個人を把握できない設計であることなどを挙げ、危惧されているようなプロファイリングは構造上できないと主張した。

 こうした主張の対立は、「番号制度の技術的構造」と「プライバシー保護の整合性」の面で、ベンダーにとっても大きな関心を持つ論点となり得よう。

 では、裁判所はどのように判断したのだろうか。判決文を見てみよう。

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