SIM内蔵PCを3100台 静岡銀行がSASEで統合した新OA基盤、最大の特徴とは:羽ばたけ!ネットワークエンジニア(87)
静岡銀行はグループ会社ごとに分かれていたOA基盤(OA用ネットワーク)をSASEで統合し、ゼロトラストによるセキュリティの高度化と統合による運用の効率化、業務生産性の向上を目指している。
静岡銀行は2025年2月19日、しずおかフィナンシャルグループ傘下14社の約7000人が利用する「共通オフィスオートメーション(OA)基盤」(以下、新OA基盤)の構築を開始し、2026年3月からの稼働を予定していることを発表した。
この新OA基盤の目的やネットワークとしての特徴について、静岡銀行 IT企画グループ 課長 中條慎也氏、静銀ITソリューション システム基盤開発部 執行役員部長 神谷信男氏に話を聞いた。
新OA基盤の位置付け
筆者はかなりの数の銀行ネットワークの企画/設計/構築を手掛けたことがあり、今も銀行のシステムやネットワークには強い関心がある。
銀行のシステムは幾つかのシステムに分類できるが、メインは基幹業務である預金/融資/振り込みなどの業務を行う「勘定系システム」と、顧客管理/マーケティング/営業支援などを行う「情報系システム」だ。勘定系ネットワークは堅牢(けんろう)なセキュリティが求められるため、OA基盤とは独立して構築/運用されている。
しずおかフィナンシャルグループは第1次中期経営計画(2023〜2027年度)において、デジタル技術やデータを活用するトランスフォーメーション戦略に取り組んでいる。同戦略では顧客接点であるタッチポイント、営業、人材、経費の4分野で抜本的な変革を目指している。
新OA基盤は特に「営業」への貢献を目的としており、直行直帰による営業時間の捻出、コミュニケーションの活性化、データ活用などを実現する。SIM内蔵PCとSASE(セキュアアクセスサービスエッジ)で、場所を選ばず、対顧客アプリケーションやコミュニケーションサービスを安全に利用できるのがその例だ。つまり、新OA基盤はこれまでの「情報系システム」をより機動的、効果的に利用するためのネットワークといえる。
従来のOA基盤はグループ各社が個別に構築し、セキュリティ対策もそれぞれで行っていた。新OA基盤では、SASEでグループ全社のネットワーク/セキュリティを共通化し、ゼロトラストセキュリティを志向する。これにより、グループ全体のセキュリティ対策の均質化と向上を図るだけでなく、新たな対策追加時の負荷低減、運用の効率化、業務生産性の向上を目指す。
新OA基盤のネットワーク構成と特徴
新OA基盤のネットワーク構成は下図の通りだ。
インターネット上のサービスやWebへのアクセスは全てSASE経由とすることで、安全かつ安定的な通信を実現している。セキュリティを重視するため、拠点から直接インターネット上のサービスにアクセスするローカルブレークアウトは行っていない。
本部や一部の店舗は、マルチキャリアで回線を構成している。SIM内蔵PC 約3100台(1台当たり月30GB)がパケットシェアで使われている。パケットシェアとは、30GB×3100台=93TBの容量を、3100台のPCでシェアできる仕組みだ。30GBを超えて利用するPCがあっても、全体として93TB以内であれば、速度制限も追加料金も発生しない。
3100台のSIM内蔵PCが示す「企業ネットワークの将来像」
静岡銀行の新OA基盤のネットワークとしての特徴はSASEを中心とし、シンプルで高い拡張性/運用性とゼロトラストによる強固なセキュリティを実現していることだ。しかし、筆者は「3100台のSIM内蔵PCの利用」が最大の特徴だと考える。「3100」は新OA基盤のユーザー数7000人の4割以上を占める。その割合の高さに驚いた。
筆者は数年前から、自社でネットワーク設備を持たない、5G/4G主体の企業ネットワークを推奨している。理由は、出社/在宅/外出先など場所を選ばない効率的なワークスタイルが実現できること、自社設備を持たず「サービス」を利用するため陳腐化しないこと、ルーター/スイッチ/Wi-Fiなどの設備が不要でコスト削減が期待できること、構成がシンプルで運用性/拡張性が高いこと、だ。静岡銀行の新OA基盤はそのようなネットワークを半ば実現している。
筆者が推奨する5G/4G主体の企業ネットワークのイメージは、下図の通りだ。

図2 5G/4G主体の企業ネットワーク(イメージ)
DAS(Distributed Anntena System):携帯通信事業者が設置する5G/4Gの無線機(基地局)の電波を大規模ビル内に行き渡らせるためのアンテナシステム。主装置、中継装置、光ケーブル、アンテナなどで構成。5G/4Gとも対応可能。
フェムトセル:電波の届かないビルの内部に設置する小型の基地局。固定回線でモバイル網に接続。4Gのみ。
レピータ:ビルの屋上や窓際のアンテナで受信した電波を増幅し、電波の届かない屋内で発射する装置。4Gのみ。
企業は固定回線を使わず、ルーターやスイッチ、Wi-Fiなどのネットワーク機器も設置しない。全てのPCを5G/4Gでインターネットに接続する。ビル内に5G/4Gの電波が届かない場合は、携帯通信事業者が電波対策(電波が届くようにすること)する。
大規模なビルではDASを設置し、小規模な拠点ではフェムトセルやレピータを使う。これらの設備の費用は原則として携帯通信事業者が負担する。ケースによっては企業が費用の一部を負担することもある。
このような5G/4G中心のネットワークを実現する上でネックだったのは、パケット利用料だ。しかし、安価な5G/4Gサービスの登場でそのネックも解消されつつある。その例がKDDIと日本HPが2023年11月に始めた「HP eSIM Connect」だ。
eSIMを持つPCの料金に、5年間パケット使い放題の権利が含まれている。権利付きのPCと権利なしのPCの価格差を60カ月で割って、月額利用料を計算すると約750円になる。この料金で速度などの制約なく、パケットが使い放題なのだ。従業員1人当たり月額750円で固定回線やルーターなどを使ったネットワークが不要になるということだ。
SASEと5G/4G、SIM内蔵PCで、あなたの会社でもネットワークの革新を目指してはいかがだろうか。
筆者紹介
松田次博(まつだ つぐひろ)
情報化研究会(http://www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。
IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。本コラムを加筆再構成した『新視点で設計する 企業ネットワーク高度化教本』(2020年7月、技術評論社刊)、『自分主義 営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(2015年、日経BP社刊)はじめ多数の著書がある。
東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)、NEC(デジタルネットワーク事業部エグゼクティブエキスパートなど)を経て、2021年4月に独立し、大手企業のネットワーク関連プロジェクトの支援、コンサルに従事。新しい企業ネットワークのモデル(事例)作りに貢献することを目標としている。連絡先メールアドレスは[email protected]。
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