OpenAIはどこへ向かうのか? 「非営利」から「公益法人」への組織変遷が示す、企業統治の壮大な実験:ものになるモノ、ならないモノ(99)
生成AIブームをけん引したOpenAIは、非営利団体として設立された一方、巨額の資金調達や収益拡大を続けており、その社名と「全人類に利益をもたらす」という理念にはギャップが生じている。OpenAIがたどってきた組織構造の変遷とともに、サム・アルトマン氏の戦略や、企業統治の在り方、ユーザー企業への影響を考察する。
現在の生成AI(人工知能)ブームの火付け役ともいえるOpenAIは、非営利団体として2015年に誕生し、2025年で10年の節目を迎えた。生成AIを追っている人なら知らない人はいない企業だが、投資家やMicrosoftなどの企業からの出資、資金調達を受け、収益を拡大しつつあるニュースを聞くたびに、「Open」という社名とのギャップに違和感を覚えた人も多いのではないだろうか。
実際、「ChatGPT」のサブスクリプションや開発者向けAPIサービスからの2025年度の年換算売上高は約1兆4000億円を予定しているという。
生き馬の目を抜くような熾烈(しれつ)なAI覇権争いの中で、「安全で有益なAGI(汎用〈はんよう〉人工知能)を全人類のために」という同団体の理念に賛同し「無償の愛」よろしく、見返りなしに数十、数百億ドル単位の出資をする出資者など存在するのだろうか。それは、干し草の中に針を見つけるようなものではないのか。
この違和感を解消するための答えは、OpenAIの組織形態の変遷にある。本稿では、OpenAIが設立以来たどってきた道のりを「組織構造の進化」という視点で振り返ると同時に、今後の方向性を考察してみたい。
OpenAI創業者、サム・アルトマン氏一流の戦略が見え隠れ
OpenAIは、2025年5月5日、「パブリックベネフィットコーポレーション(PBC)」という組織形態に移行すると発表した。この移行の背景には、巨額の投資を必要とするAI開発において、今後の資金調達の道筋をつけるためのサム・アルトマン氏一流の戦略が見え隠れする。いうなれば「非営利の皮をかぶった営利企業」への脱皮を探ろうとしているようにすら見える。
@IT読者ならご存じの通り、AI開発には巨額の資金が必要だ。OpenAIの収益が拡大する一方で開発に必要な資金も膨らみ、損益計算書(P/L)は赤字続きだ。2024年には37億ドルの収益に対して50億ドルの損失を計上、ロイターの報道によれば黒字化するのは2029年を見込んでいるという。
AI開発における動向や情勢について、スタンフォード大学人間中心AI研究所(Stanford HAI)がまとめたレポート「2025 AI Index Report」(2025年4月7日公開)がある。この中で、AIにおける民間投資額に言及している。それによると、2024年の米国の民間投資額は1091億ドル(2024年当時の為替レートで換算すると、約15兆円〜17兆円程度)に達している。企業のAI導入に伴い、2023年を境に投資額は急増しており、今後も増加するのは必至だ。
「DeepSeek」に代表される中国発の生成AIが大きな注目を集めるなど、同団体の理念や使命が邪魔をしてAI競争に後れを取っては、使命の達成自体が遠のくことになりかねない。OpenAIとして危惧を抱くのは当然だろう。
創業期(2015〜)からハイブリッド期(2019〜)へ
前置きはこのくらいにして、OpenAIにおける組織構造の進化を振り返ってみたい。この進化を表するなら「使命と利益のはざまで揺れ動く、人類のためのAGI開発に向けた企業統治の壮大な実験」と位置付けることができる。
前述の通り、OpenAIは、2015年に非営利法人として誕生した。このとき、イーロン・マスク氏、リード・ホフマン氏(LinkedIn創業者)、ピーター・ティール氏(PayPal創業者)などから、10億ドルの寄付の約束を得ている。しかし、さらなる資金調達の必要性に直面し、2019年に傘下に営利法人を新たに設立。Microsoftから約10億ドルの出資を受けている。「安全で有益なAGIを全人類のために」という使命を果たすためには、巨額の資金を継続的に調達する必要があるとの判断だ。
一般論として、非営利法人への出資は、基本的にリターンを目的としたものではない。しかし、それでは、出資者の理解を得られず、AI開発に必要な資金を集めることが難しい。そこで、一定のリターンを約束するために営利法人を新たに設立したという流れだ。これにより、非営利法人としての「OpenAI Inc.」(以後、「非営利のOpenAI」)と営利法人である「OpenAI LP」(正式名称はOpenAI, LLC。以後、「営利法人のOpenAI」)という2つの会社が存在することになった。
これは、巨額な資金要件と同団体の使命を両立させるために設計された実験的なハイブリッド形態ともいえるのだが、これが話をややこしくしている。非営利法人なのに、寄付ではなく、外部から出資を受けているのはなぜなのか? という話だ。
非営利と営利を別法人として機能を分離しただけで、本当に当初の使命にコミットしているといえるのか。これは誰しも疑問に感じるだろう。事実、マスク氏は、「実質的にMicrosoftの子会社になっている」と批判し、その後離脱している。「企業統治の壮大な実験」と前述したように、この組織構造に賛否両論が交錯するのは当然であろう。
使命を維持しつつ投資を呼び込むため、非営利のOpenAIが、営利法人のOpenAIの上位に位置し、営利法人のOpenAIを支配下に置くことで、「邪悪」な道に進むことを制限するという組織構造となった。
堀江貴文氏のフジテレビ買収騒動を連想
支配する方策の一つが、出資者へのリターンに制限を課している点だ。具体的には、事前に定められた上限(初期投資額の100倍)までのリターンを出資者が受け取ることができる一方、この上限を超える「超過利益」または「残余価値」は、人類の利益のために、非営利のOpenAIに還元されなければならないと定められている。
2つ目は、ガバナンスの点だ。営利法人のOpenAIは、非営利のOpenAIによって「完全に管理」されている。管理する上で大切な役割を担うのが、「OpenAI GP LLC」という別組織だ。営利法人のOpenAIは、このOpenAI GP LLCの子会社に位置している。
非営利としてのOpenAIが、OpenAI GP LLCを完全に所有し、管理する。これにより、その子会社である営利法人のOpenAIを管理、統制する権限を有する間接支配になっているのが特徴だ。
この間接支配構造は、2005年の堀江貴文氏のフジテレビ買収騒動を連想させる。当時のフジサンケイグループは実質的にフジテレビを中心として運営されていた。しかし、グループ内の一企業で総資産規模もはるかに小さいニッポン放送がフジテレビの筆頭株主であるという、資本のねじれ現象が存在していた。堀江氏は、その間隙(かんげき)を突き、ニッポン放送の筆頭株主になることでフジテレビの間接支配を目指したとされている。
法律、ガバナンス上の枠組み、そこに込められた理念、目的、意図は似て非なるものではあるが、「間接支配」という表面的な類似性に着目すれば、フジテレビの買収騒動を連想する。
「人類」のために存在する企業
余談はさておき、非営利のOpenAIは組織構造と同時に、「人類への受託者責任」というガバナンスを効かせることで営利法人を管理、統制する体制を構築した。「人類への受託者責任」というのは、受託者責任が株主ではなく「人類」にあると定めている。実に壮大な考え方で、分母が大きすぎて理解が追い付かない。
それは、理事会のメンバーに対する制限にも表れている。金銭的インセンティブよりもミッションを優先させるため、理事の過半数はOpenAIの株式を保有していない。
ただ、逆の見方をすると、株式を保有している理事もいる。代表例は、サム・アルトマン氏だ。彼は理事も務めており、投資ファンドを通じて間接的に株式を保有していた。「保有していた」と過去形にしたのは、後述する公益法人(PBC)への移行に伴いPBCの直接的な株主になったとの報道があるからだ。
このように、OpenAIでは、営利活動に一定のガバナンスを効かせることで、「使命」が常に優先される組織形態を模索し続けてきたいきさつがある。
このハイブリッドモデルは、純粋な非営利モデルと利益追求を主眼とする営利モデルの両方の限界を認識したからこその存在なのではないか。公共の利益に対する使命や義務と、利益インセンティブとのバランスを取ることを目的とした、新しい企業構造のカテゴリーを創出しようという試みでもあった。
公益法人(PBC)への進化(2025〜)
大規模なAIの開発と運用には「数兆ドル」規模の莫大(ばくだい)な資金が必要との判断から、2023年後半から2024年初頭にかけて、OpenAIは営利部門を「完全な営利事業体」に転換する計画を検討した。営利法人のOpenAIにある「利益上限付き」だと、投資家へのリターンに制限があり、より多くの資金を集めるには限界があるためだ。だが、この計画は頓挫した。
イーロン・マスク氏をはじめとする創業初期の関係者や、カリフォルニア州およびデラウェア州の司法長官からの強い反発を受けたことも理由の一つだ。
その結果、冒頭で述べた通り、OpenAIは2025年5月に方針を変え、営利部分をPBCに転換した。非営利のOpenAIが引き続き組織全体を管理、監督し、かつPBCの主要株主としての立場を堅持する支配構造に変化はない。
PBCへの移行は、主に以下の理由で資金調達の強化を可能にすると考えられている。
新規投資に対する利益上限の撤廃
投資家はより大きなリターンを期待できるようになり、より多くの資金を引き付けやすくなる。
通常の資本構造への移行
PBCは、株主が存在し、株式を発行できる営利企業の一形態なので、多くの投資家にとってなじみのある組織構造だ。そのため、投資判断がしやすいというメリットがある。
使命と利益の法的バランス
PBCは、株主利益の追求だけでなく、定款で定めた特定の「公益」を追求することが法的に義務付けられている。OpenAIの非営利使命へのコミットメントを法的に担保しつつ、営利活動をする上での透明性を提供することが可能となる。
このようにPBCへの移行は、従来の「利益上限付き」モデルよりも、幅広い投資家からの資金調達に適した構造であることが分かる。とはいえ、PBCはあくまで「公益」と「営利」のバランスを取ることのシバリを課せられた企業形態であり、従来の営利企業とは異なる特性を持つことに変わりはない。果たして、青天井のリターンを期待する投資家が納得するのだろうか。
冒頭で、アルトマン氏は、「非営利の皮をかぶった営利企業への脱皮を探ろうとしているようにすら見える」と語った。ただし、PBCへの移行を果たしたからといって、AI開発に必要十分な資金を集めることができるかどうかを予測することは難しい。
ユーザー企業への影響はあるのか
PBCへの移行で気になるのが、ユーザー企業への影響だ。あくまでも推論の域を出ないが、利用料金や環境に直ちに影響が出るとは考えにくい。AI市場での覇権を巡る争いが激化する今、価格競争力を維持し続けないとユーザー離れを招く可能性があるからだ。
仮に資金調達が円滑に進めば、より高度なAIモデルの開発と研究に投資できるようになり、ユーザー企業へのメリットも拡大することが予想される。また、「お金」という基盤が安定化することで、サービスやスケーラビリティが向上する。これは導入企業にとっても悪い話ではないはずだ。
利用料やサービス面以外でも、ユーザー企業にメリットはある。企業の「社会的に責任」に関心が集まる昨今、社会貢献を重視するPBCのAIを利用しているという部分がブランドイメージの向上につながるのではないか。
ちなみに、OpenAIの組織変遷について「Google Gemini」を使い、インフォグラフィックとしてまとめてもらったのが下図となる。
ChatGPTではなく後発のGoogle Geminiで簡単な指示により、短時間でインフォグラフィックを生成できた。これは、生成AIの覇権争いが激化することをあらためて肌で感じた瞬間でもあった。GoogleはGemini以外にも、「Google Notebook LM」や、動画生成AI「Veo」に注力している。「AGI以前の生成AI覇権競争」という意味では、Googleの存在感が年々高まっているといえる。
AI活用が当たり前の世界に突入し、その流れを止めることはできない今、AIを巡る「公益」の概念が、今後変化する可能性もある。そのときアルトマン氏は、新たな「公益」の解釈を持ち出し、「公益と営利のバランス」という錦の御旗の下で、巨額の資金を集める行動を起こすのかもしれない。
AIという未踏の分野における企業統治のOpenAIによる壮大な実験は「終わりなき旅」として、これからも続くことになりそうだ。
著者紹介
山崎潤一郎
音楽制作業の傍らIT分野のライターとしても活動。クラシックやワールドミュージックといったジャンルを中心に、多数のアルバム制作に携わる。Pure Sound Dogレーベル主宰。ITライターとしては、講談社、KADOKAWA、ソフトバンククリエイティブといった大手出版社から多数の著書を上梓している。また、鍵盤楽器アプリ「Super Manetron」「Pocket Organ C3B3」などの開発者であると同時に演奏者でもあり、楽器アプリ奏者としてテレビ出演の経験もある。音楽趣味はプログレ。
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