ソフトバンクの「プライベート5G(専有型)」は5G利用活性化につながるか?:羽ばたけ!ネットワークエンジニア(78)
ソフトバンクは、2023年3月にサービスを開始したネットワークシェアリングによる「プライベート5G(共用型)」に続き、2024年3月に「プライベート5G(専有型)」の提供を始めた。5Gの主要設備の一部をユーザー側に設置する専有型は5G利用の活性化につながるのだろうか。
携帯通信事業者による5Gサービス(キャリア5G)が2020年に始まって4年が経過した。企業による5Gの活用は、期待したほど早くはないが着実に進んでいる。
例えば、2021年12月に本連載で紹介した牧野フライス製作所 厚木事業所では、モバイルロボットの運用に加えて、「iPhone」を使った検品アプリなどにもキャリア5G(KDDI)の活用が広がっている。2023年6月に取り上げたコマツとEARTHBRAINが開発したキャリア5G(NTTドコモ)による建機の遠隔操作システムは2024年5月、建設機械向け遠隔操作システム「Smart Construction Teleoperation」として全国で販売を開始した。
キャリア5Gはローカル5Gと比較して、「安い」(イニシャルコストが少額)、「簡単」(ユーザーによる免許申請不要)、「陳腐化しない」(サービスなので機能や設備が更新される)、「速い」(実測値が速い)というメリットがある。
ソフトバンクは企業におけるキャリア5G活用を促進するため、2023年3月にネットワークシェアリング(仮想ネットワーク)を使った「プライベート5G(共有型)」のサービスを開始した。
そして2024年3月に、5Gコア設備の一部や基地局をユーザー専用の設備として使用する「プライベート5G(専有型)」の提供を開始した。企業による5G活用の活性化につながるかどうか、特徴や考えられる用途について述べる。
執筆に当たって、ソフトバンク 法人プロダクト&事業戦略本部 5Gサービスプロダクト部 部長 上村勇貴氏と同 プロダクト技術本部 NW企画開発部 プロジェクト推進課 課長 山田 大輔氏に取材させていただいた。
プライベート5G(専有型)とは
プライベート5G(専有型)の構成は図1の通りだ。

図1 プライベート5G(専有型)の構成
5G Core(5G Core Network):端末の認証、セッション管理、位置管理などを担う中枢
RADIUS(Remote Authentication Dial In User Service):ユーザー認証
UPF(User Plane Function):ユーザーデータパケットの転送
CU/DU(Centralized Unit/Distributed Unit):「親局」と呼ばれ、複数のRU(下記参照)を収容し、変復調などを処理する
RU(Radio Unit):「子局」と呼ばれ、デジタル信号をアナログ信号に変換し、アンテナから無線周波数(RF)を送信、また受信する。Sub6用RUは複数のアンテナを数10メートル離して接続できる。ミリ波用RUは無線機と大量のアンテナが一体化されており、Massive MIMO 、ビームフォーミングで高速通信を実現する
境界用SW:ソフトバンクが設置するイントラネットと接続するためのネットワークスイッチ
5Gの方式は、SA(Stand Alone:5Gコアと5G基地局で構成する方式、4Gコアと5G基地局を使うのはNSA=Non Stand Alone)だ。構成上のこれまでにない特徴は、UPFを企業側に設置したことと、5Gネットワークとイントラネットを接続するため境界用SWを設置したことだ。
これまで企業内にキャリア5Gでネットワークを構成する場合、CU/DU、RU、アンテナは企業内に設置していたが、UPFはモバイル網内のものを使っていた。専用のUPFを企業内に置くことで、データパケットの送受信が企業内で完結するため、遅延時間が往復20ミリ秒に短縮された。これはUPFがモバイル網内にある場合の約5分の1、ローカル5Gと同等だ。
UPFでデータパケットを転送するため、5Gコアとの接続回線が切断されても工場内のデータパケット転送はできそうだが、実際にはできない。5GコアがUPFのセッション管理などをしているためだ。
モバイルロボットやカメラに付与するIPアドレスは、企業のプライベートIPアドレスを使うことができる。これも従来のキャリア5Gではできなかったことだ。これまでのキャリア5Gでは、リモートアクセスの仕組みで端末にプライベートIPアドレスを付与していた。
使用する周波数帯は、2.5GHz(4G帯域の転用)と29GHzのミリ波帯だ。2.5GHz帯は帯域幅が狭いため、スループットの理論値は下り276Mbps、上り35Mbpsで実測値は電波環境の良い場所で理論値の90%程度だ。ミリ波は理論値で下り3.2Gbps、上り711Mbpsで実測値は同じく理論値の90%程度だ。
設備を専有するため、他のユーザーとの競合がなく帯域幅や容量をフルに使えるのはプライベート5G(専有型)の大きなメリットといえる。インターネットと接続していない閉域網であるためセキュリティも強固だ。
なお、機器を5Gに接続するための端末は現在Sub6用が用意されているが、ミリ波が使える端末として住友電気工業製(Sub6、ミリ波両方に対応)が2024年内に提供される予定だ。
「実利」を得られるかどうかが鍵
冒頭に書いた通り、キャリア5Gはローカル5Gと比較して、「安い」(イニシャルコストが少額)、「簡単」(ユーザーによる免許申請不要)、「陳腐化しない」(サービスなので機能や設備が更新される)、「速い」(実測値が速い)というメリットがある。
キャリア5Gの新しい形態であるプライベート5G(専有型)では、このメリットがどう変わるだろうか。
キャリア5Gで「安さ」を実現するには企業内の5Gネットワークをロボットやカメラだけで使うのではなく、多数のスマートフォン(企業内利用)と共有することがポイントになる。数が限られているロボットやカメラだけではキャリアが設備投資に対して十分な収益を得られないからだ。
プライベート5G(専有型)においても、スマートフォンによるデータ通信(5Gのみで可)と通話(4GによるVoLTEが必要)をスコープに入れられれば、ユーザーが負担する設備費用を抑制できる可能性が高くなる。しかし、それぞれのユースケースで検討してみないと「安く」なるかどうかは分からない。
「簡単」は成立する。ユーザーは免許申請が不要だし、ソフトバンクによるフルマネージドサービスなので運用の負荷もない。「陳腐化しない」もサービスとしての提供なので基本的には大丈夫だ。
「速い」は帯域幅の専有によってこれまでのキャリア5G以上に速くなるし、UPFがローカルにあるため遅延時間は5分の1程度になる。ただし、速さを求めるにはミリ波を使う必要がある。Sub6とミリ波の両方を使えるのはプライベート5G(専有型)の強みだ。表1にこれらの特徴をまとめた。
Sub6は図1のモバイルロボットのように広範囲に移動する端末に適している。Wi-Fiより安定した運用が可能になるのは大きなメリットだ。ミリ波はAI(人工知能)を応用した自動検品で使うカメラのように端末の位置が固定的で高精細画像を高速、低遅延で扱う必要がある場合に適する。
一般的なキャリア5Gにないプライベート5G(専有型)の特長として、「5Gのサービスエリア外でも5Gネットワークを構築できる」という点がある。例えば、ソフトバンクの5Gの電波が使えない山奥のダム工事現場であっても、5Gコアと接続するための光回線さえ敷設できれば、工事現場にUPF、CU/DUなどの設備を設置して5Gネットワークが構築できる。
プライベート5G(専有型)にはローカル5Gにはないキャリア5Gとしてのメリットがあるだけでなく、これまでのキャリア5Gでは実現できない低遅延、帯域幅/容量の専有、サービスエリア外でのネットワーク構築、といった特徴がある。企業における5G活用を活性化できるかどうかは、実際のユースケースにおいて「実利」(投資対効果)が得られるかどうかにかかっているが、「活性化できる可能性を高めた」ことは間違いない。
早期に実用事例が登場し、企業における5G活用が進むことを期待している。
筆者紹介
松田次博(まつだ つぐひろ)
情報化研究会(http://www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。
IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。本コラムを加筆再構成した『新視点で設計する 企業ネットワーク高度化教本』(2020年7月、技術評論社刊)、『自分主義 営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(2015年、日経BP社刊)はじめ多数の著書がある。
東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)、NEC(デジタルネットワーク事業部エグゼクティブエキスパートなど)を経て、2021年4月に独立し、大手企業のネットワーク関連プロジェクトの支援、コンサルに従事。新しい企業ネットワークのモデル(事例)作りに貢献することを目標としている。連絡先メールアドレスは[email protected]。
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