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第302回 「一体何が?」花形だったはずのパワー半導体に悲報続出、EV市場と“中国”という誤算頭脳放談

浮き沈みの激しい日本半導体の中で、成長エンジンとして期待されていたパワー半導体分野に暗雲が立ち込めている。ルネサス エレクトロニクスが協業するパワー半導体向けのSiCウェハを製造するWolfspeedがChapter 11を申請してしまうなど、暗いニュースが続いている。TSMCもパワー半導体向けのGaNファウンドリ事業から撤退することを明らかにしている。パワー半導体についてのこうした残念なニュースの背景について解説する。

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日本半導体業界の期待分野「パワー半導体」に暗雲の背景
日本半導体業界の期待分野「パワー半導体」に暗雲の背景
浮き沈みの激しい日本半導体の中で、成長エンジンとして期待されていたパワー半導体分野に暗雲が立ち込めている。ルネサス エレクトロニクスが協業するパワー半導体向けのSiCウェハを製造するWolfspeedがChapter 11を申請してしまうなど、暗いニュースが続いているからだ。パワー半導体についてのこうした残念なニュースの背景について解説しよう。画面は、Wolfspeedのプレスリリース「Wolfspeed Takes Next Step to Implement Restructuring Support Agreement and Proactively Strengthen Capital Structure」。

 2024年1月に頭脳放談「第284回 社会を支えるパワー半導体メーカーの再編にルネサスが参入? で、パワー半導体って何」でパワー半導体について書いた。凋落(ちょうらく)著しい日本半導体の中で、成長エンジンとして期待されていたからだ。

 ただ、このところパワー半導体について残念なニュースが続いている。今後の動向について少し考えてみた。

WolfspeedのChapter 11がルネサスに与える影響

 先端微細プロセスを持たない日本の半導体業界において、高信頼性と電気的な高性能が売りになるパワー半導体は、業界各社にとって期待の星と言ってよかった。しかし、ここに来て暗雲棚引くような事態になってきているように思われる。その象徴はルネサス エレクトロニクスの成長戦略の挫折であろう。そのトリガを引いたのが、WolfspeedのChapter 11(米連邦破産法11条、日本の民事再生法に相当する)の申請に至る一件である(Wolfspeedのプレスリリース「Wolfspeed Takes Next Step to Implement Restructuring Support Agreement and Proactively Strengthen Capital Structure」)。

 振り返ってみると、ルネサスがWolfspeedとSiCウェハ供給契約を締結したのは2023年7月のことだ(ルネサスのプレスリリース「ルネサスとWolfspeedが10年間のSiCウェハ供給契約を締結」)。

 この契約でルネサスはWolfspeedに20億ドル(約2920億円)を預託している(2024年10月には修正契約を締結して預託金の元本相当額は総額20.62億ドルになっているという)。半導体業界では新規製品の立ち上げに当たって、製品側がファウンドリ側に「お金を積む」ことは時々ある。しかし20億ドルというのはかなりな金額だ。当時の期待度の大きさも分かる。

 これによりルネサスはSiCウェハの安定供給を確保したと思われた。そしてWolfspeedから供給されるSiCウェハを使って、2025年から高崎工場でSiC製品を量産する予定だったようだ。

 しかし、高崎工場での量産計画は既にキャンセルされているらしい。Wolfspeedのビジネスは低迷し、その経緯や内情の詳細は不明だが、とうとうChapter 11を申請することになってしまったからだ。たった2年で急激な変化である。

 Wolfspeedは会社再建策として、前政権(バイデン大統領)時代に決まっていたCHIPS法の補助金を当てにしているらしい。しかしCHIPS法に冷たいトランプ政権がそれを認めるかどうかは不確かである。また再建できたとしても、ルネサスにしたならばウェハ代金の先払いのつもりで積んだお金が(業績の良くない会社の)社債か株式に化けてしまうということだ。経営戦略を見直すきっかけになったのは当然だろう。

なぜWolfspeedが行き詰まったのか?

 さてWolfspeedが頓挫(とんざ)した原因として挙げられているのが、「EV(電気自動車)関連の売上高が予測を下回った」ということだ。SiCデバイスそのものの数量は減っているとは想像できない。価格が下落して採算が取れなくなっている、というのが原因と想像される。

 その背景にはSiCデバイスの主要な用途であるEV、特に中国EV業界の過当競争があるように思えてならない。中国のEVが無理な値下げ競争に陥っているという話は大分前から聞こえてきている。世界の自動車産業への影響も大きいようだ。完成品の自動車が値下げ競争にさらされているならば、その部品である車載半導体にも強烈な値下げ圧力がかかっているに相違ないだろう。

 そして国策として半導体の国内製造にこだわる中国政府の方針もある。先端微細プロセスへの展開こそ製造装置の制約で難しい中国半導体業界にとって、国策であるEVに使われるSiCデバイスがターゲットになって開発にドライブがかかるのは必然であるように思われるからだ。ひとたび目が向くと、こぞってそこに集中する傾向にある国なので、SiCデバイスの価格の低下は当然だろう。

 そして、厳しい競争は急速な技術向上をも促す。結果として、ルネサスのSiCデバイスで成長をもくろんだ戦略は頓挫してしまった。わずか2年ほどの間の出来事である。SiCパワー半導体で成長をもくろんでいた他の日本半導体メーカーにも影響なしとはいかないだろう。

 実際、パワー半導体を軸に国内半導体産業の再生を目指していた「JSファンダリ」が2025年7月14日に破産手続きに入っている(JSファンダリについては、頭脳放談「第274回 元をたどれば三洋電機の半導体工場、『JSファンダリ』として独立?」参照のこと)。日本政策投資銀行系のファンドなどが出資して、パワー半導体やアナログ半導体などのファウンドリ事業を立ち上げたのが2022年末のことだ。わずか2年半で破産してしまったことになる。

TSMCのGaNファウンドリ事業からの撤退が与える影響

 一方、SiCと並んで期待を集めていたパワー半導体のプロセス技術にGaNデバイスがある。GaNデバイスは価格も少し高めで、用途もEVよりは電源デバイスなどが多いので、前述のSiCデバイスのような荒波はまだ到着していないかに見える。

 しかし、ここにも暗雲が棚引いてきている。つい最近、ファウンドリ業界最大手のTSMCが2年後の2027年7月までにGaNファウンドリ事業から撤退することを明らかにしたのだ。

 この影響を受けるであろう日本の半導体会社はロームである。ロームがTSMCと「車載GaNに関する戦略的パートナーシップ」を締結したのは2024年12月だ(ロームのプレスリリース「ロームとTSMC、車載GaNに関する戦略的パートナーシップを締結」)。それから1年も経っていない。まぁ、TSMCは立派な会社なので即座に製造打ち切りというような事態ではないが、GaNデバイスを「共同開発」していたロームは、他のファウンドリを探す必要が出てくるだろう。

 TSMCの決断の背景を考えるに、TSMCとしてはGaNデバイスをやっていてももうからないと判断した、ということなのだと勝手に想像する。GaNデバイスの数量自体は、年率数十パーセントも伸びると予想されている。ファウンドリとしては数量が出るであろう市場を捨てると決断したのは、コストパフォーマンスが悪い(つまりもうからない)と判断した、ということだろう。

 GaNデバイスは、民生用途では急速充電器などにも使われており、車載向けもあるが、今後はデータセンターや基地局などの電源ユニットへの応用が期待されているにもかかわらずだ。Webを検索すると、ローム製のGaNデバイスがAIサーバ用電源ユニットに初採用といったニュースを発見できる(ロームのプレスリリース「ロームのEcoGaNが、村田製作所グループであるMurata Power SolutionsのAIサーバー向け電源に採用」)。期待のデバイスだったはずだ。

 しかし、GaNデバイスでも中国勢が見えてくるのだ。GaNデバイスで中国メーカーを検索すると、「江蘇能華微電子(CorEnergy Semiconductor)」や「Innoscience」といった会社が存在感を示してきている。

 そして、それらのメーカーの製品ページを見れば、かつては急速充電器みたいな用途中心だったのかもしれないが、データセンター向けの電源ユニットなどもターゲットに入ってきていることが分かる。

 急速充電器のようなものはどうせ中国製ばかりだから影響は少ないように思えるが、データセンター向けの電源ユニットなどは日本半導体が目指すべき応用であるはずだ。そこにも中国製品が、大量生産、低価格を武器に入ってこられるととても辛くなりそうだ。TSMCの決断の背景がTSMC社内の事情であれば問題ないが、そういう市況を予想した撤退だとすると、日本半導体が目指すべきGaNデバイスの前途も暗そうだ。

 なお、ルネサスはGaNデバイスでも手を打っており、GaNパワー半導体の老舗だったTransphormを買収している。そして買収後初のGaN新製品を発売したと発表している(ルネサスのプレスリリース「GaNパワー半導体の新製品を、AIサーバ、産業機器、充電システムなどに向けて提供開始」)。AIデータセンター向けのデバイスである。はてさてどうなることか。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。


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