ERPと現場をつなぐFileMaker 難題を解決したのは内製とアウトソーシングの合わせ技:末永く使え、進化し続けるシステムを目指す
アプリを内製で開発するということは、現場の業務に沿うシステム構築への第一歩だ。しかし確固とした設計図なしにシステムの無秩序な増改築を行えば運用やメンテナンスに不具合が生じるのでは、と不安になる内製開発者もいることだろう。「継続的な安定運用を実現するには、プロのエンジニアの視点が必要だ」と考えた樫山工業は、SIパートナーとの協力体制を確立。現場に最適化されたアプリを次々と生み出す、“強い仕組み”を実現している。
ERP(統合基幹業務システム)の導入は、パッケージ製品の標準機能に自社の業務プロセスを合わせる「Fit to Standard」型のアプローチが米国などでは主流となりつつある。しかし、この手法は常に最善と言えるのだろうか。標準化によって業務効率の向上や環境変化への柔軟な対応が可能になる一方、現場独自のプロセスを無理に標準化すれば、逆に非効率や混乱を招くリスクもある。
特に日本の製造業では特注品の多さや独自の工程・管理手法が競争力の源泉であることも多く、画一的な標準化が逆効果となるケースもある。
だからといって、ERPそのものをカスタマイズして自社業務に合わせる「Fit&Gap」の導入では、アドオン開発の工数とコストの増大、カスタマイズに起因するバージョンアップ困難といった課題が立ちはだかる。
こうしたERP導入のジレンマを、自社のメンバーと外部専門家との協働によるアプリ内製というアプローチによって乗り越えてきたのが、長野県佐久市に本社を置く樫山工業だ。
同社は、半導体製造に欠かせないドライ真空ポンプや真空排気装置など、先進的な真空技術を強みに成長を続けている。2020年8月にERP製品を導入し、老朽化したホストベースの基幹システムを刷新した。そこで大きな役割を果たしたのが、ローコード開発ツールの「Claris FileMaker」(以下、FileMaker)だ。
樫山工業の上原正道氏(システム企画部 参与)は、次のように語る。「SI(システムインテグレーション)パートナーのライジングサン・システムコンサルティングとタッグを組み、FileMakerを活用した内製開発とアウトソーシングを組み合わせたハイブリッド開発体制でプロジェクトを進めました。ERPのサブシステムとしてカスタムアプリを位置付けることで、アドオン開発費の大幅な削減に成功しています」

左から、樫山工業の廣瀬友宣氏(第一製造部 ユニット検査G 主任技師)、木内瑞樹氏(調達部 精密調達G)、岡部一樹氏(調達部 精密調達G 課長代理)、中村智法氏(第一製造部 工程解析G 課長)、上原正道氏(システム企画部 参与)
ハイブリッド開発成功の秘訣
樫山工業とライジングサン・システムコンサルティングによるハイブリッド開発は、次のような役割分担で進めている。
まず、樫山工業のシステム企画部と各ユーザー部門が、カスタムアプリのプロトタイプをFileMakerで作成し、システム機能要件を整理する。各部門のプロトタイプで集約されたシステム機能要件をライジングサン・システムコンサルティングに提示し、認識をすり合わせる。
次に、樫山工業が提供したFileMakerのプロトタイプをライジングサン・システムコンサルティングが分析し、実用に向けた実装を進める。この過程はアジャイル開発の手法をとり、短いサイクルで機能をリリースしながら完成度を高めていく。最終的に過去のデータを本番用のカスタムアプリに投入し、リリース前の最終テストを実施する。
ライジングサン・システムコンサルティングの岩佐和紀氏(代表取締役社長)は、「カスタムアプリのUIとUX(ユーザーインタフェース/ユーザーエクスペリエンス)は上原さんとユーザー部門で大枠を固めていただき、それを本番システムに実装するために必要となる技術的な連携の仕組み、処理を高速化するための見直しを当社が開発するというのが、大まかな役割分担となります」と説明する。
このハイブリッド開発体制の始まりは2015年までさかのぼる。樫山工業は基幹システム改修の一環として、紙の書類を電子化するためのプロジェクトを進めており、そこで活用していたのがFileMakerだった。
「システム開発やプログラミングの経験がないという状態で、一般的なプログラミング言語を用いてiPadアプリを開発していたのですが、技術的にハードルが高く、運用面でも内製化は見合わないと断念しました。そこで別な方法がないかと調査し、出会ったのがFileMakerだったのです。無料体験版を試してみて、まず直感的に操作できるということに感動し、導入を決めました」(上原氏)
FileMakerとの出会いを果たした上原氏はそこから独学で開発を進め、約半年で目的のアプリを完成させることができた。ただ、機能としては問題ないものの、その構造が本当に最適に作られているのかどうか確信を持てなかった。使っていくうちにアプリが処理するデータの種類や量も増えていくので、継続的な安定運用をするには、専門知識を有するプロのエンジニアの視点から見直してもらう必要があると考えた。
そして上原氏は情報収集のため、東京で行われていたFileMakerカンファレンス(現Claris カンファレンス)に参加する。そこでスピーカーとして登壇していたのが岩佐氏だった。
「FileMakerを用いたアプリのアジャイル開発の実践事例を拝聴し、ぜひ当社の内製開発もサポートしていただきたい、とプロジェクト参加をお願いしました」(上原氏)
両社の協創の下、アプリのブラッシュアップと新規開発、ERPとの連携強化などが進み、書類の電子化は着実に進んでいった。結果、業務効率は大きく向上し、2021年4月までに年間1100時間、330万円のコスト削減を実現したという。
FileMaker×Azure Blob Storage×APIで写真保管システムを構築
2025年5月現在、樫山工業とライジングサン・システムコンサルティングがタッグを組んだハイブリッド開発は、さらに多様な業務領域に拡大している。
その代表例が、FileMakerと「Azure Blob Storage」を連携させた製品写真の保管システムだ。
「当社の主力製品であるドライ真空ポンプの約9割がオーダーメイドで、その製造パターンは数千に上ります。全ての仕様を図面化するのは現実的ではなく、また図面だけでは伝わらない情報もあります。そこで熟練技術者による、組み立て手順や、配線などを写真で記録し、次回同様の製品を製造する際の参考にしています」(上原氏)
従来は、デジタルカメラで撮影→SDカードに保存→社内サーバへ転送、という手間のかかるプロセスだったが、これをFileMakerで一新した。
「FileMakerのオブジェクトフィールド機能を使うことで、iPhoneやiPadで撮影した写真や動画をそのままカスタムアプリに保管できます。ただし、年間で数TB(テラバイト)に及ぶ画像データを、社内サーバに保存し、継続的に維持管理するには相応のハードウェアと、それに関連するコストが発生します。そこで、既に導入していた『Microsoft Azure』を活用し、Azure Blob Storageを保管先としました。写真の検索と閲覧に使うUIのプロトタイプを樫山工業が内製し、当社はFileMakerとクラウドストレージの連携部分を実装するという役割分担で進めました」(岩佐氏)
このシステムは製造部を中心に利用され、好評を得ている。樫山工業の中村智法氏(第一製造部 工程解析G 課長)は、こう振り返る。
「アプリに対する現場からの要望は、視認性や操作性に対するものです。『保管されている写真をサムネイル形式で一覧できるようにしてほしい』、『拡大表示できる機能も付けてほしい』、『工程別に写真を分類、検索できるようにしてほしい』といった要望を、システム企画部とやりとりしながら約半年間プロトタイプ作りを繰り返し、UIとUXのイメージを固めました。おかげで現場から高評価で、現在では100人以上の従業員がこのシステムを日常的に利用しています」
FileMaker×JavaScriptで、高速・柔軟な業務管理UIを実現
FileMakerの活用は、加工部の生産管理や在庫管理にも波及している。「Microsoft Access」や「Microsoft Excel」で属人化していた管理業務を再構築すべく、システム企画部に相談を持ちかけたのが岡部一樹氏(調達部 精密調達G 課長代理)だった。
「以前のシステムはMicrosoft Accessをベースに構築したもので、自由度が高過ぎたことから、さまざまな管理マスターが乱立していました。さらに複数のExcelシートが入り乱れ、情報の一元化ができていませんでした。これを標準的な仕組みに統合し、業務を見える化したかったのです」(岡部氏)
ここで課題となったのが、ERPで保管している大量データの扱い方だ。データ検索やソートなどの操作をいかに高速で行えるようにするか、ライジングサン・システムコンサルティングと協議を重ねた。
「そこで提案されたのが、JavaScriptフレームワーク『Webix』を用いてUIをWeb化するアプローチでFileMakerと組み合わせるという解決策です。ERPから取得したデータを、FileMakerを通してExcelに近い操作感でユーザーに提供することで、現場への定着を図りました」と上原氏。もしFileMakerを仲立ちとせずこれらのシステムをERPにアドオンで組み込んでいたら、膨大な工数で次のアプリ開発にも着手できなかっただろう。
これからのITに必要なのは“共創”という考え方
ノーコード/ローコードの台頭により、「誰もがアプリを作れる時代」は既に到来している。しかし、「作れること」と「使い続けられること」は同義ではない。特に今回のように、ERPや他のツールと現場の業務をすり合わせていくという細かいシステムを構築する際は、念頭に置いておきたいテーマである。岩佐氏は次のように説く。
「ITの専門知識がなくても必要な業務システムを自在に作れることがFileMakerの特長ですが、中には無秩序な開発を継ぎはぎで重ねた結果、複雑な構造のシステムになってしまい、運用やメンテナンスに悩んでいる企業もあります。それを回避するには今後の業務のあるべき姿を見据えたシステムの全体像を描いた上で、個々のアプリやERPのサブシステムを実装することが大切です。その意味で、客観的な観点からプロジェクトの交通整理や技術サポートを担う専門家の存在は欠かせません」
樫山工業における「内製+アウトソーシング」のハイブリッド開発体制は、まさにこの考え方を体現したものと言える。現在、樫山工業ではこれからもシステムを「使い続けられる」ものとするため、上原氏以外にもFileMakerでシステムを内製できるメンバーを育成している。両社はこれからも二人三脚で全体最適化されたシステムを構築し、ビジネスを成功に導いていくだろう。
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