短期間でマーケティング基盤のクラウド移行を成功させたサッポロホールディングス、その秘訣とは:特集:百花繚乱。令和のクラウド移行(9)
多数の事例取材から企業ごとのクラウド移行プロジェクトの特色、移行の普遍的なポイントを抽出する本特集「百花繚乱。令和のクラウド移行」。サッポロホールディングスは、移行の際に、何を目指し、何に気を付け、プロジェクトをどう進めたのか。移行後の効果には、どのようなことがあったのか。
レガシーなシステムでは顧客のニーズに応えられない
2年はかかると考えられていたコーポレートサイトおよびマーケティング基盤のクラウド移行をわずか6カ月で成功させなければならない――こう話したのは、2019年6月に開催された「AWS Summit Tokyo 2019」に登壇したサッポロホールディングス IT統括部 シニアイノベーションエキスパートの駒澤正樹氏だ。
サッポロビールは、明治9年(1876年)に北海道開拓使が興した札幌麦酒醸造所として創業。そこで作られた“冷製札幌ビール”が社名の由来とされている。企業統合ののち、1964年にこの名が付けられた。2003年には持株会社体制に移行してサッポロホールディングスへと商号変更を行っている。同社グループは、143年の歴史を持つビールの他、発泡酒や第三のビール、チューハイ・カクテルやワイン、焼酎など、多種多様な酒類を扱っている。また、清涼飲料水や食品など、小売店でよく目にする商品も多い。日本を代表する飲食品メーカーの1社だ。
サッポロホールディングスおよび同社グループでは、早くから積極的に投資して最新システムの導入を行ってきた。それは一方で、“当時の”最新システムにすぎず、レガシーなシステムが事業ごとに乱立してしまう結果を生んだ。データ連携は困難で、運用もバラバラで高い負荷がかかっていたという。
マーケティングの中核となるコーポレートサイトもその一つだ。2011年にリニューアルして構築したサイトとそのインフラ基盤はすでに古く、IT環境やマーケティング環境は当時から大幅に変化していた。
駒澤氏は、現在も激しく変化していく世の中にあって、「オンプレミスシステムとスクラッチ開発ではとうてい間に合いません。マーケティング部門からの要求にスピード感を持って応えるためにはクラウドサービスを選ばないのはむしろリスクです」と述べる。
この10年ほどで、ユーザー環境はスマートフォンへ移行した。2017年には普及率でPCを追い抜き、現在も引き離していることは間違いない。サッポロビールのWebサイトでも同様で、現在は3分の2がスマートフォンユーザーになったという。しかし、スマートフォン対応が遅れ、コンテンツとデバイスとのギャップが課題視されていた。
なお現在のサッポロビールサイトでは、完全にスマートフォンへ対応し、さまざまなコンテンツが楽しめるようになっている。
困難な要望に応えるクラウドサービスとパートナー
各種のパブリッククラウドサービスの中で、サッポロホールディングスはAmazon Web Services(AWS)を選定した。
「サービスメニューが異次元的で、かつ今後の拡張性が高いのがポイントです。AWSは、新しい技術や機能を提供し続けており、“作るリスク”を廃して“リスクなく使う”という点では圧倒的なメリットがあると感じます。むしろ、AWSを採用しないことによって、競合他社に後れを取る恐れを感じたのです」(駒澤氏)
しかし、クラウドは、サッポロホールディングスがこれまで扱ってきたオンプレミスシステムとは大きく異なり、新しいノウハウやスキルが求められる。現行のリソースのままでそれらを独自に蓄積するには、2年はかかると考えられていた。
この懸念を払拭(ふっしょく)するため、IT統括部では、移行プロジェクトを支援するパートナー選びが重要だと捉えた。顧客接点を担う重要なシステムであるため、酒類、飲料の需要が最盛となる夏前には移行を完了させたい。逆算すると、移行期間はわずか6カ月しかなかったという。その中で、基盤の移行やアプリケーションの開発など、さまざまな取り組みを推進できるベンダーは数少ない。
「古いOSやミドルウェアを理解し、アプリ開発も巻き取ってくれる。たった6カ月というタイトなスケジュールに応えられる。私たちが業務に集中でき、運用を任せて長く付き合えるパートナーとして富士ソフトを選びました」(駒澤氏)
TCOは40%削減、AWSの最新技術にも期待
サッポロホールディングスでは、オンプレミスからクラウドへと移行したことで、TCO(総保有コスト)の大幅な削減を期待している。運用保守を富士ソフトに任せることができ、またシステムリソースを過剰に抱える必要がないためだ。
従来のマーケティング基盤/Webサイトの常として、アクセスピークを前提にシステムサイジングを行うものだ。同社も同様で、ピークに合わせて高性能なハードウェアを利用していた。もちろん平時には過剰なリソースである。クラウドに移行したことで、オンデマンドにリソースを配分できるため、年間で40%のTCO削減が見込めるという。
まずはクラウドへのリフトを中心に行ったが、将来的にはクラウドに最適化されたアプリケーションの開発も計画しているという。機械学習やデータ分析など、AWSの技術、サービスを積極的に取り込んで、グループ全体のデジタルトランスフォーメーションを推進したいとしている。
サッポロホールディングスのクラウド移行には、“技術”“柔軟性”“スピード”の3つが要求されていた。同社はこれらを手に入れるために「良いサービスと良いパートナー」(駒澤氏)を選び、それが移行を成功に導いたとした。
この移行事例のポイント
- レガシーなシステムが事業ごとにサイロ化し、データ連携は困難で、運用もバラバラで高い負荷がかかっていたが、クラウド移行をまず、リフトを中心に行った。今後は、クラウドネイティブへのシフトを行い、グループ全体のデジタルトランスフォーメーションの推進を狙う。
- “技術”“柔軟性”“スピード”の3つが要求される、マーケティング基盤/Webサイトの移行で、自社では2年かかると見積もったが、6カ月の移行が必須であり、クラウドベンダーとパートナー選びが重要となった。
参考リンク
特集:百花繚乱。令和のクラウド移行〜事例で分かる移行の神髄〜
時は令和。クラウド移行は企業の“花”。雲の上で咲き乱れる花は何色か?どんな実を結ぶのか? 徒花としないためにすべきことは? 多数の事例取材から企業ごとの移行プロジェクトの特色、移行の普遍的なポイントを抽出します。
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